ありまきへい(有馬喜兵衛)が弱すぎる。新当流とは

有馬喜兵衛(ありまきへい)とは、宮本武蔵と真剣勝負した初戦の相手である。

敗れた有馬喜兵衛ってどんな奴だったんだろうか。

この勝負に勝利して、その後全戦全勝の快進撃をした武蔵でさえも、

正確な情報が残っているわけでもなく、謎に包まれた部分も多い。

ましてや、戦った宮本武蔵の年齢は僅か13歳の年齢なのだ。

宮本武蔵は当時の日本人にしては、体が大きかったという事だが、

年齢は13歳なのだから、現在では中学1年生という事になる。

そんな年齢で、命のやり取りをやったのだから凄いとしか言いようがない。

その後、16歳でも秋山という兵法者を撃破している。

宮本武蔵の初戦の相手として、その名前が登場する事から、

いったい有馬喜兵衛はどんな奴なのか調べてみたが、

やはりそんな情報は一切ないのだ。

有馬喜兵衛の年齢が何歳かは分からないが、家族もいただろうに、

宮本武蔵と出会ってしまったばかりに、不運である。

そんな、有馬喜兵衛の流派が新当流である。

いくら宮本武蔵といえども、まだ13歳のガキに負けるのだから、

さぞしょぼい流派なんじゃないかと調べてみると、凄い流派なのだ。

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天真正伝香取神道流から新当流へ

天真正伝香取神道流は日本兵法三大源流の一つと呼ばれる流派で、

大変歴史のある流派なのだ。この神道流を学んだ人達で有名な兵法者も多い。

宮本武蔵の前の時代の剣の達人として有名な、塚原卜伝や上泉信綱もこの流派を学んでいる。

この天真正伝香取神道流が面白いのは、剣術だけではなく、柔術や忍術もある現在でいうところの、

総合格闘技なのだ。

そして、それ以外にも風水術や築城術などもあるという。

なんとも欲張りな流派なのですね。

この天真正伝香取神道流を全て極める事が出来たら、凄いと思うが、

なかなか、幅が広すぎて大変そうです。

そんな天真正伝香取神道流を極めた塚原卜伝が、新たに作った流派が、

新当流なのである。

そして塚原卜伝は宮本武蔵が登場する前までの剣の達人としての有名人である。

武蔵の真剣勝負数と比べれば、少ないが、真剣勝負の回数19回勿論全て全勝。

塚原卜伝の時代は戦国時代だったので、真剣勝負よりも、戦に出陣する方が多かったのかもしれない。

剣聖とも呼ばれている。

そんな、塚原卜伝の遺伝子を受け継いだのかどうなのか、有馬喜兵衛さんに、

インタビューした人はいないのだから、実際の所は分からないが、そんな人を武蔵は、

13歳で戦う事になる。

宮本武蔵VS有馬喜兵衛

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※宮本武蔵が有馬喜兵衛と実際に戦った場所

(兵庫県佐用町)

宮本武蔵は当時13歳でありながら、身長は170cmあり、

足はめっぽう速く、野山を駆け回り木刀を振り回し腕力が強く、

同年代で武蔵とまともに戦える子供などいない。

また、武蔵の父親も武道家であるから幼少の頃より手ほどきを受けていた事は考えられる。

江戸時代の平均身長はどの位だったのだろうか?

これを調べてみると、155cmから158cmだそうです。

体力では、13歳でありながら、宮本武蔵が有馬喜兵衛を圧倒していた可能性が高い。

そんな、武蔵がいる村に有馬喜兵衛が現れ自分への対戦者を募集した。

「俺は有馬喜兵衛、誰の挑戦でも受けるぜ!かかってこいや!」

と看板を立てた。

何故このような事を、この有馬喜兵衛が行っているかと言えば、

当時の兵法者は自分の強さを宣伝して、雇ってもらうのが目的なのだ。

また、実績作りのいっかんなのだ。

この有馬喜兵衛は自分の事を、新当流 有馬喜兵衛と宣伝していた、

新当流を学び、これからいよいよ世に出て行こうという若者なのだ。

有馬喜兵衛も全く無名である事から、武蔵と同じ10代であった可能性もある。

映画やドラマでは、武蔵と対比させる為にヒゲを蓄えたオッサンで有る事が多い有馬喜兵衛。

しかし、いい歳したオッサンが、田舎の村に看板を立て、対戦者を募集しているのだから、

もし、有馬喜兵衛がそこそこの年代であれば、

実力は大したことない、ちんちくりんなオッサンなのかもしれない。

もし、見た目も大したことない、池乃めだかみたいなオッサンなのであれば、

宮本武蔵もあいつなら勝てそうだと思って戦ったのかもしれない。

精悍な10代の兵法者なのか、ちんちくりんのオッサンだったのかは、

分からないが、どちらにしても、物凄い腕力と瞬発力を持った少年武蔵の前に、

様々な格闘技を学ぶ有馬喜兵衛は、一瞬の間に倒され命まで奪われてしまった。

まさに悲惨としか言いようがない。

役者が違ったのだ。

なので、有馬喜兵衛って13歳の子供に負けるんだから、ザコ過ぎって思う方も多いのだが、

やはり、相手があの宮本武蔵というのも運が悪すぎたのです。

いくら13歳とはいえ、当時の大人よりも大きい身体を持っていたのだから、

ちょっと反則的な強さかもしれない。

この後、武蔵は更に成長していき、次々と強敵を打ち破っていくのだ。

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