恐怖体験心霊体験実話をまとめた一人暮らしの人閲覧注意

世の中にはいたるところに、成仏出来ずさまよっている霊が存在するのだという。

そんな霊と遭遇したという人がこの日本に数多く存在する。

今回恐怖体験、心霊体験をこのブログで募集した所、

私は実際に経験したという実話を語ってもらったので、今回はそれらをまとめてみました。

怖い話なので、一人暮らしの人は閲覧注意である。

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東端の階段

あれは私が小学5年生の頃の話です。

3人兄弟の次男である私は、

現在では結婚し田舎の実家を離れて妻と二人の子供と暮らしていますが、

当時は昭和初期に建 てられた昔ながらの部屋数が15ほどもある、

大きな旧家に祖母、両親、兄弟と暮らしていました。

私達兄弟にはそれぞれの部屋があり、

私は2階の最も北東に ある6畳の洋室で一人寝ていました。

大きな古い家で、1階から2階へと続く階段が、

家の西側と東側に2つありました。

私の部屋の横にはその東端の階段があ りました。

現在もそうですが、当時の私は怖い話には興味はあるものの、

霊感などというものは全くありませんでした。

その不思議な恐怖体験をしたその夜も、

怖い本を読んだとか、怖いテレビを見たとか、またそれが要因で、

怖い夢を実体験と思い込むような事もありませんでした。

またそれは30年以上経った今でも 鮮明に思い出させる、

実体験です。食事を済ませ、テレビなどを見て時間を過ごし、

両親が厳しかった私は、

10時になる頃には布団に潜り込んでいました。

私 の部屋の横にある東端の階段は元々その位置にはなく、

昭和50年頃に増築された時に、

昭和初期から使われていた古いものを少し改造して移設されたものと聞 いています。

最も東にあり、玄関から最も離れた位置にあるため、

利用頻度は低く、1階から2階へ誰かが登ってくるとすれば、

母がなかなか起床しない私を朝 起こしに来るくらいのものでした。

その時古い階段は、いつも”みしっみしっ”とその登ってくる人間の歩数を私に知らせました。

布団に入りなかなか寝付けず にいた私が、

ようやくうとうとし始めた頃でした。

布団にもぐった時間からして、

就寝が遅い両親ならまだテレビなどを観ている時間であるにも関わらず、

”み しっ・みしっ・・”人気のない1階から、

誰かが階段を這い上がってくる音が私の耳と体にひびきました。

その階段の1階側は両親の寝室になっており、

両親が その時間に1階の寝室に居ないのは明らかでした。

少し不思議に思った私は気のせいにしてもう一度眠る事にしました。

”みしっ・みしっ・・”階段を、その這 い上がる音は私の部屋に少し近づきました。

「なんでゆっくり上がってくるんかな?」

少し気味が悪くなった私は、その音が気のせいではなく、

確実に私の居る 部屋へと這い上がってくるものと確信しました。

”みしっ・みしっ・・”「お母さん!?」”みしっ・みしっ・・!”「お母さんか?誰!?」

音は私の寝る部屋 がある2階まであと一歩のところまできました。

私は大声で叫びました。「誰や!」その後の事は覚えていません。

翌朝母に訪ねました。「昨日の夜2階へ上 がってきた?」

母はこう答えました。

「上がってないけど、あんた何か一人で叫んでたよ?」

それから5年ほど経ち高校生になると、3つ上の兄がその部屋を使 用するようになり、

ある時こんな事を言いだしました。

「あの部屋のカーテンは絶対に開けへん」

兄は、我が家へ一度も来たことがなく、

当然間取りなど知る はずもない霊感の強い同級生に、

その時は兄が使用し、

過去には私が恐怖体験した部屋の間取りを言い当てられたうえでこう告げられたそうです。

「君の部屋に 北側の窓があるでしょ?そこからずっと部屋の中をのぞいてる人がいるよ。

それと隣の部屋に鉄の兜置いてない?

緑色の目をした人がその兜をかぶってるわ。気 をつけてね。」

緑色の兜は私が恐怖体験をした部屋の向かい、

その東端の階段を登りきったところに置いていました。

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一人旅のアメリカで泊まったホテルの夜

アメリカに一人で旅行にいったときのことです。

ツアー旅行ではなく、どちらかと言えば行き当たりばったりの気ままな旅でした。

費用もできるだけ抑えるつも りでした。

その日泊まったホテルは、

外壁のペンキも所々剥げ落ちたちょっと寒くなるような所でしたが、

ほかにホテルは見当たらず、料金も日本円にして3千 円ぐらいでしので、

こちらとしては雨露がしのげればぐらいの気持ちで、

一晩お世話になることにしました。

外国旅行は何度もしていて、

これまでにも似たよう なホテルに宿泊した経験があったので、

歩くとミシミシと響く廊下や、

至る所に染みができた壁をみても、別にどうということはありませんでした。

私が泊まっ た部屋は二階の、

一番端にありました。

室内は広く、ベッドとバスルーム、

それに空調の設備もあって、思っていたよりも快適に過ごせそうです。

窓の外には、 黒々とした繁みがひろがり、

その向こうにつづく道路をときおり車がとおりすぎても、

ライトの明りとかすかなエンジン音だけがこちらに伝わるばかりでした。

幸いなことに、両隣には宿泊客はいない様子です。

以前泊まったホテルには、酒でものんでいるのか複数の客が深夜遅くまでどんちゃん騒ぎをして、

旅に疲れた 私の睡眠をだいなしにされた嫌な記憶があります。

また別のホテルでは、

男女の交わりあう物音がたえまなく聞こえ、

ベッドの激しく軋む音や、

女の聞くに堪え ない喘ぎ声などが壁一枚向う側からあからさまに伝わってきて、

私は枕におしあてた頭をなんどもかきむしったものでした。

今夜は、静かに眠ることができそうです。

電車と足だけでの移動の旅ですので、

ゆっくり睡眠がとれることほどありがたいことはないのです。

私はそのとき、確かにぐっすり眠っていました。

突然、女とも男ともつかない人影が、

私の上に出現しました。

その顔はすさまじいまでに苦痛にゆがみ、

たとえていえばムンクの『叫び』に描かれた人物のような 絶望と恐怖にみちた形相をうかべていました。

私はびっくりして飛び起きました。

夢にしてはあまりに生々しく、

私にはその人物の息遣いまで聞いたような気が しました。

私は明日のことを考えて、ふたたび横になって目を閉ざしました。

うとうととしたとき、ふたたび私の上にさっきと同じ人物がいきなりあらわれ、

私 はまた驚いて起き上りました。

それからはもうとても眠ることができなくなり、

私はベッドからおりて、しばらく佇んておりました。

なにか予感めいたものが あって、私は寝具をベッドからはがすと、

下のマットをもちあげてみました。

するとマットの裏側に、もうだいぶ以前のものと思われる、

広範囲にこびりついた 血の跡があらわれました。

過去にこのベッドでなにがあったかはわかりませんが、

私の上にあらわれた人物がその血に関係していることだけは疑いようがありま せん。

私はそれからというもの、

床に寝具をひろげて眠ることにしました。おかげて翌朝は、体の節々が痛くて大変でした。

誰?

私は小さい頃からいろいろなものが見える体質でした。

人に話すと馬鹿にされるのですが、初めてみたのは6歳の時の河童でした。
霊的のものは現実ではなく必ず夢の中で見えたり、お告げがありました。
私の実家は田舎の農家です。

私達は三姉妹で跡取りがいませんでした。

もちろん跡取りを産めなかった母は姑にいじめられていましたし、

代々跡取りを産めない女は”女腹”と呼ばれ着ぐるみをはがされ一銭ももらえず追い出されたようです。
平成のこの時代ですが、

今でも母が親戚中から嫌味を言われるので三姉妹でいずれは誰かが継ごう!と話していました。
私は三姉妹の真ん中です。

姉は5年前に結婚しましたが義兄さんが長男だったため嫁に行く形となりました。

私のその当時付き合っていた彼氏は5人兄弟の末っ子。
家の事を包み隠さず話した所、婿養子になってもいいと言ってくれました。

そこからはトントン拍子で話が進みました。

たぶん親が婿養子を逃がしたくなかったのでしょう。
無事結納をし式まで2週間に迫ったある日、

心不全により祖父が亡くなってしまいました。

婿養子が来てくれることを本当に喜んでいてくれた1人でした。
身内に不幸があると1年は喪に服すので式が挙げれません。

残念ですが延期することになりました。
そして喪が明ける数か月前に叔父が亡くなってしまいました。

式場も2年の延期は認められないとの事で人前式と言う形で式を挙げました。

(人前式は神に誓わないので喪中でもOKらしい・・)
1年後私はお腹に新しい命を授かりました。

妊娠初期から悪阻がひどく点滴・入院を繰り返す日々。

水分も受け付けずお腹の子に栄養がいかないのではないか?

ちゃんと育たないのではないか?と泣いて過ごす毎日でした。

そんなある日の夢に祖父が出て来ました。

昔よく日向ぼっこをした縁側で頭を撫でてくれながら

「大丈夫。元気な男の子や。しっかり育っとうよ。(育っているよ)」

と言って消えました。

私のクリニックでは9か月にならないと性別を教えてくれないので 驚きましたが、

祖父がきっと守ってくれているんだな・・と思えるよになりました。

順調に過ごし仕事も辞め出産まで1か月を切ったある日の夢。

エレベーター に乗ると肩に長い黒髪の女が、

そして首を絞められたのです。

「男の子を産むなんて許さない。跡取りなんて産ませない。私は一人も産めなかったのに・・」

と 苦しいぐらい絞められた所で目が覚めました。寝汗がすごく手が震えていました。
すぐ親に電話して昔からの家系図を確認して貰いましたが、

そんな女性はいないし誰も記憶にないと言われました。

しかしそこから毎日女の夢を見るようになり ました。

私は息子を守らなければ!と家中に盛り塩を使用と決意しました。

きちんとした器がなかったので次の日実家に器を貰いに行こうと思い就寝しました。
その日の夢に白い人が出てきて

「私はあなたを守っている。盛り塩されると私は居れなくなる。やめて。」と出て来ました。
その白い人は誰かわからなかったのですが、

信じることになりました。無事元気な男の子を出産しましたが、

いまだにあの女が誰かわからないままです。

私の生徒の言葉に恐怖を覚えた体験談

私は自宅で小さな個人塾を経営しているので、

色んな生徒とのお付き合いがある日々ですが、

現在は大学生となった女子生徒が、小学校の高学年時のある日、

母親に連れられて、通塾の希望に来た時の事です。
感じの良い女子生徒に、通塾の許可をだした後、

帰り際になって、彼女の母親が、私に小さな声で耳打ちしたのですが、

その内容は、彼女には霊を観る能力があるようで、

自宅でも、家族が見えないのに、空間に向かって、お辞儀をしたり、

会話をし出したりする事があるので、

私の所でも、何か言い出しても、無視して 欲しいとの事でした。
正直、ちょっと戸惑いは感じたものの、

暫くは何事もなく、私自身が彼女が霊を観る事が出来るという話すら忘れかけていたのでした。
ところがある日、彼女が私の亡き父親は、髪型はこうで、メガネをかけていて・・・

という具合に、一度も写真すら見せた事が無いのに、私の父親の特徴を言い当てたのです。
どうして私の父親の容姿の特徴が判るのかと聞いたところ、

だって、今先生の後ろに立って私の方を見ているから、

先生のお父さんかなと思ったのだと答えるのです。
私の後ろには勿論、誰もいないのですが、

身長や体型もまるまる生前の父親そのものでした。
ちょっと気味が悪いという気持ちで、

彼女にいつも私の後ろに父親の姿が見えるのかと聞いたのですが、

その日が初めてで、私の教えている姿をじっと見つめていたというのです。
さらに彼女に言わせると、彼女の家の二階に上がる階段の隅には、

時々見知らぬおじいさんが座っている事もあって、

彼女がそのおじいさんの傍を通る時には必ず、

会釈して声を掛けると、そのおじいさんは返事を返してくれるので、

既にその方とは、友人のように、親しくなったという事も加えて話してくれました。
そんな一日が終わり数日たったころに私がいつも通り他の生徒達を教えている時に、

意外と大きな地震による揺れを感じたのですが、

私だけが揺れを感じ、生徒達は誰一人地震なんてなかったと主張するシーンがあって、

気分的に彼女の言葉が気になっている私は、

テレビの速報を見て確かめようとしたのですが、

テレビの速報で地震のあった場所は我が家とは遠く離れた亡き父親の生まれ育った父の郷里付近一帯との事で、

我々の地域とは無関係な場所と判明し、これは単なる偶然なのかもしれませんが、

私だけが感じた父の郷里の地震の揺れが父を通して、私だけが揺れを感じたのかもしれないと、

元々、霊を感じる霊感と云われるもの自体を信じる事が皆無だった私の気持ちを、

急に、変えたように思い、未だに付き合っている彼女に先日その話をしたのですが、

彼 女は、大学生になってからは霊を観る事が日に日に、少なくなってきたとの事でした。
そんな事って実際に何人の人々が経験をお持ちなのでしょう・・・

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