チェッカーズの名曲はこれだ!チェッカーズの人気は凄かった、当時のファンの声

チェッカーズの名曲を紹介しましょう。当時チェッカーズの人気は凄い物があった。

出す曲、出す曲が1位となり、連日テレビの歌番組に出ていた。

人気が出過ぎて、確か映画にもなっていたと思う。

当時私が小学校4年生位だと思う。

クラスの女の子皆が好きだったと思う。

今の芸能人で言えば誰なんだろうか?ちょっと今ではいない存在なのではないでしょうか?

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チェッカーズの名曲ランキングベスト3

さて、数々のヒット曲を発表しているチェッカーズだが、名曲ランキングを紹介しよう。

これは、チェッカーズがテレビに出始めてから、解散するまで、

その存在を見守ってきた、私の独断と偏見で決めたいと思います。

チェッカーズ名曲ランキング第3位「涙のリクエスト」

私が子供の頃にチェッカーズの事を認識したのが、この曲を歌うチェッカーズだ。

この曲はチェッカーズが発表した曲の2曲目で(1曲目は、ギザギザハートの子守唄)

この曲が当時大ヒットした事を記憶している。

この曲で、チェッカーズカッコイイ!という人気が出た。

で、もっとチェッカーズの曲を聞きた!

という事で、ギザギザハートの子守唄を知ったという感じだ。

なので、曲的にはギザギザハートの方が古かったのだが、私達が知ったのは、

涙のリクエスト→ギザギザハートの順番なのだ。

当時、チェッカーズの曲は涙のリクエストしか無いのかよ!

と思ったものである。

チェッカーズ名曲ランキング第2位「Song for U.S.A」

この曲は私が中学2年生の時に確かヒットした曲だったと思う。

何故かチェッカーズの曲を思い浮かべると、この曲名が思い浮かぶ。

何故かと考えた時、当時中学2年生の私は、中学校の行事で林間学校に行った。

その時、林間学校の行事で皆でオリジナルTシャツを作った。

無地の真っ白なTシャツに皆で筆で着色して、絵や文字を書いた。

その時、サルみたいな顔をした友達が、TシャツにSong for U.S.Aと書いていた。

なので覚えていたのだ。

チェッカーズ名曲ランキング第1位「ギザギザハートの子守唄」

この曲は私が社会人になってから、当時今でいうブラック企業に勤めていたのだが、

そこに勤めていた時の同僚がこの曲の替え歌を飲み屋で歌っていた事が私の脳裏に刻まれている。

その替え歌はとても卑猥(ヒワイ)な内容だった。

ここでは詳しくは書かないが、それ程この曲はカラオケなどで当時歌われていた、

有名な曲なのである。

さて、当時チェッカーズが大好きだった人達に話を聞いてみた。

当然女性という事になる。

では、早速紹介しましょう。

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チェックの服しか着たくなかった…

涙のリクエストを聞いた時、そして全身チェックとあの前髪を見た時。

人生で初めて「結婚したい!」と思ったのが藤井フミヤさんです。

それまで男性アイドル といえばジャニーズ、

そしてジャニーズはほんのりダサいと中学に入ったばかりの時には感じはじめていて、

あまりジャニーズファンはアピールしたくないものでした。

そんな時に彗星のごとく現れたのがチェッカーズです。

バンドといえばルックスはちょっと…のはずが、

チェッカーズは全員カッコよく見えました。

前 髪は伸ばしましたよ、やっぱり。

そのあと部分的に残してカットしました。

今思えば上下チェックなど絶対にしてはいけないコーディネートなんでしょうが、

そ の時は「絶対にチェックの服しか着たくない。」こう思い込んでいるほどだったのです。

全員カッコよく見えたチェッカーズの中でも、

まるで王子様のように見えたのが藤井郁弥さんでした。

背は低くてもスタンドマイクでのアクションはカッコよく、

音楽もアイドルの歌とは全く違って聞こえました。

チェッカーズのコピーバンドを友達と組んだのも、

「この後デビューして、郁弥に近づけるかも!!」

と 今思えば何もかも間違っている動機でした。

バンドの人たちの雑誌も当時よく出ていて、

アイドルはその雑誌には登場しないけれど、チェッカーズと吉川晃司さ んは出ていました。

チェッカーズといえば、ベストテンです。

最初はカセットレコーダーしか持っていなかったので、

テレビの前にレコーダーを置き、家族がしゃべろうものなら怒 りまくりでした。

「私の郁弥の邪魔をしないで!!」

その後チェッカーズを何度でも見られるようにビデオを買ってもらいました。

ビデオをセットして、ランキ ングを待ち続け、

チェッカーズが登場すると録画スタートです。

ベストテンでは歌の前にトークとか一芸披露などがあるのですが、

郁哉さんは料理関係のアルバ イトをしていたらしく、包丁さばきが見事でした。

「こんなになんでもできる人は、他にいないかも!」

その後チェッカーズのヒットは続いていましたが、

雑誌で見かけた他のバンドにも興味を持ち、

今度はチェッカーズがほんのりダサいと感じ始めてしまいまし た。

やがて彼らは解散してしまい、

フミヤはいきなりのソロ活動でもヒットが出たのですが、

その時は結婚しようと思っていたことも遠い過去になってしまって いました。

アートでの活動などもチラチラと見かけてはいたものの…。

今は歌に加えてナチュラルなライフスタイルを提示していくような、

そんなアーティスト になっていますが、割と黒く暗い歌も歌っていたところを復活しないのかな…

なんて期待しています。

チェッカーズが大好きでした

昔大好きだった芸能人と言って思い浮かぶのは、チェッカーズです。
一番最初にテレビで見たときは

「何だか田舎臭いお兄ちゃん達がデビューしたなあ」

と思っていましたが、

デビュー当時にメンバーがおそろいで着ていた、

チェックのロングコート(ロングシャツだったかな?)は然り気無くチェックしていました。
案の定チェックは流行しました。
チェックのパンツ、チェックのシャツ、

チェックのロングコートに、チェックのベレー帽の若者達が街を闊歩していました。
でも、彼等がチェックを着ていたのは最初だけで、すぐに革ジャンになりました。
でも、それはそれで、格好いいから不思議です。
出す歌も次から次にヒットしました。
私の友達とかは、それぞれ好きなメンバーがいて、

その人達の事を熱く語っていましたけど、

私は特に好きなメンバーがいた、

というよりは、チェッカーズそのものが好きでした。

出す歌も本当に大好きで、キーが低いので声は出ないのですが、

よくカラオケで熱唱していました。
もし私が男性だったら、

きっとチェッカーズのメンバーのファッションとか、

生き方とか、お手本にしたと思います。
そういえば、彼等の福岡弁も魅力でした。

東京で福岡を貫く!みたいな所がまたたまらない魅力でした。
ギザギザハートの子守唄、ジュリアにハートブレイク、ソングフォアUSA、

ワンダラー、ワンナイトジゴロ、よく歌った歌を思い起こせば、限りなく出てきます。
チェッカーズが解散して、フミヤがソロデビューしてからは、次第に聴かなくなってしまいました。
ドラムをしていたクロベエが亡くなった時には、すごいショックでした。
その訃報を、私は仕事中に聞きましたが、

ショックが強すぎて、その後の仕事は手に付かなかったのを覚えています。
その時に、解散の裏に隠されていた、

メンバー同士の確執を知った時にも、またダブルでショックでした。
この前、本当に久しぶりにマサハルをテレビで見ましたが、

確かに年はとっていましたが、あの頃を思い出して懐かしく思いました。
チェッカーズの歌は、私の若い頃のいろんなシーンで流れていました。
言うなれば、私の青春そのものでした。
今、中古のCDショップに行った時に、チェッカーズのCDを探す事があります。
なかなか見付からないものです。
デビュー当時のものを探すのですが、ないですね。
今、デビュー当時のチェッカーズの歌を聴いたら、頭の中だけ、いっぺんにあの頃にタイムスリップしてしまうかもなあ、と思います。

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