マイクタイソンの強さは伝説、鋼鉄の筋肉を作り上げた練習内容とは?現在は?

マイクタイソンの全盛期をご存知だろうか?思い起こせば中学生の頃、大阪でいうところの、テレビ大阪、東京で言うところの、テレビ東京系列でマイクタイソンの試合を放送していた。解説はジョー小泉である。毎回タイソンは対戦相手をノックアウトした、戦えば必ず勝つという真剣勝負のボクシングの試合で当たり前の様に相手を倒すタイソンの強さに驚いたし、今まで全く盛り上がってもいなかったボクシング界に颯爽と現れたニューヒーローに目が釘付けになった事を今でも覚えている。今でもマイクタイソンこそ、ヘビー級歴代で最強のボクサーであると言う人もいる伝説の男なのだ。

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マイクタイソンの強さ

マイクタイソンの強さとは?と質問されれば、みな、あのスピードと、鋼鉄の様な肉体だと答える方が多いのではないでしょうか?マイクタイソンの身長や体重を紹介しましょう。マイクタイソンが戦う階級はヘビー級である。ヘビー級は体重が一番思い階級であり、上限はない。そんな怪物がぞろいのヘビー級の中でもマイクタイソンの体は小さい。

身長 180cm

体重 98.8キロ

リーチ 180cm

首回り 50cm

マイクタイソンの身長は一時期170cm代とも言われていたが、慈恵医大での測定で180cmである事がわかった。マイクタイソンは小柄であるが、恐ろしい程のスピードで、相手の攻撃をかわし、そのパンチはダイナマイトパンチと呼ばれ、ガードの上からでも相手をぶちのめし、巨大な男達をマットに沈めてきた。

タイソンのボクシングスタイルは、ピーカーブースタイルと呼ばれ、ガードをアゴの前で固め、そこから目だけ出して、体を左右に振って相手の懐に入り込み、コンビネーションから相手に恐ろしく早いコンビネーションのパンチを連続で叩き込むスタイルで、KOの山を築いた。

タイソンのトレーニングを動画や映像で見た事のある人なら、その凄さを知っているはずだ。サンドバックにめり込むパンチ、サンドバックの揺れと、そのインパクトの音に、この男が放つパンチが尋常でない事が分かる。タイソンの全盛期は1988年頃までと言われている。しかし、1988年以降は、全盛期と比べた場合、明らかに落ちた、これは、タイソンのボクシングの師匠であるカス・ダマトが死んでから、ドンキングと手を組んみ、今まで周りにいた有能なスタッフを辞めさせた事にあるようだ。

マイクタイソンを作り上げた二人の男

カス・ダマト

カス・ダマトこそがマイクタイソンを見出した男である。カスダマトはボクシングのトレーナーとして、業界でも地位を確立していた。二人の世界チャンピオンを育てた実績があるのだ。カス・ダマトは隠居生活の身であった。そんな時、少年院の更生プログラムの一つであるボクシングを受けていたマイクタイソンを、担当の教官から紹介されるのだ。カス・ダマトはタイソンの非凡な才能を見抜き、「こいつは世界チャンピオンになれる!」と衝撃を受けた。当時のタイソンは不良少年でケンカばかりしていた、ワルだった。12歳までに何度も逮捕され、その数51回を数えた。そんな時、マイクタイソンの母親が亡くなり、16歳の少年マイクタイソンを引き取り、彼にボクシングの英才教育を施した。タイソンもカス・ダマトになついて、タイソンはこのカスダマトを父親以上の存在であると語っている。

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※カス・ダマトとマイクタイソン

http://urx.blue/qcAg

ケビン・ルーニー

カスダマトの死後マイクタイソンのトレーナーを引き継ぎ、マイクタイソンを史上最年少のヘビー級の世界チャンピオンに育て上げた人物で、彼自身もカスダマトにボクシングの指導を受けた人物である。カスダマト時代からこのケビン・ルーニーがトレーナーをしていた時代がタイソンの全盛期と言われている。タイソンはカスダマトが、決して近寄ってはいけないと言っていた、ドンキングと手を組み、ケビン・ルーニーを解雇した、しかし、それがタイソンの強さの崩壊の始まりと言われているのだ。ケビン・ルーニーとマイクタイソンのミット打ちの練習をご覧下さい。

この練習を見ただけで、いかにマイクタイソンが強いか分かるだろう。この時代のマイクタイソンのトレーニングと食事の内容を紹介する。これはインタビューで語った内容で、結構有名な内容である。

以下http://www.sf-magazine.com/sports/tyson-special.htmより引用

5AM 起床、約5kmのジョギング
6AM エクササイズを終え、シャワーを浴び再び寝る。
(朝のジョギングが彼の強い脚を造った)
10AM 起きてオートミールを食べる。
12PM リングで練習(10ラウンドのスパーリング)
2PM 食事(ステーキとパスタとフルーツジュース)
3PM 再びリングで練習と、1時間エアロバイク
(自転車漕ぎ)
(太い彼の脚の持久力を高めた)
5PM 筋トレ
腹筋2,000回、ディップス500~800回、腕立て伏せ500回
シュラッグ30kgのバーベルで500回)、
首のエクササイズを 10分間
7PM 夕食(ステーキとパスタとフルーツジュース)
8PM エアロバイク(自転車漕ぎ)を30分した後、TVを観て
就寝。

(朝ジョギングをする前は、ストレッチを充分に行い、その後
箱に飛び乗るジャンプを10回、短距離ダッシュ(全力疾走)
を10本をこなした)

(昼の12時にスパーリングをし、午後3時にはミットもしくは
ヘビーバッグを使ってリング内での稽古をする)(午後5時には、サーキットトレーニングとして、200回の腹筋、25~40回のディップス、50回の腕立て伏せ、25~40回のディップス、シュラッグ50回を、10セット行い、その後首のエクササイズ(ブリッジ)を10分する)

タイソンは、シュラッグが短い腕から繰り出すパンチに必要な肩を造ってくれ、首の持久力も上がったと言う。
因みにタイソンが13歳の時、腹筋は50回もできず、腕立ても13回しか出来なかったが、徐々にトレーニングで能力を高め、20歳になる頃には2時間以内に2,000回の腹筋を毎日こなすようになった。

もし、〇〇だったら、とか、たら、ればの話をしてもしょうがないのだが、もしカスダマトが死なずに、もうしばらくタイソンの元にいたのなら、間違いなくタイソンの連勝記録は伸びただろうし、また様々なスキャンダラスな事件は起こっていなかったんじゃないかと言われている。もし、ずっとケビン・ルーニーがトレーナーであったら、現在でもマイクタイソンはヘビー級チャンピオンなのではないか?と言われている。

マイクタイソンの現在は?

マイクタイソンは2005年に無名のボクサーと戦い敗れ、リングを去った、引退試合という様な華やかな、セレモニーでもなく現役生活にピリオドを打った様である。最後はボロボロになって、ひっそりリングを去って行く、いかにもタイソンらしい、不器用な最期なのではないでしょうか?引退後は三度目の結婚をしたり、タイソンを扱った映画が公開されたり、CS放送では、タイソンが子供の頃からこよなく愛する、鳩のレースの話のテレビに出演したり、ボクシングの殿堂入りをしたり、プロレスのレフェリーをしたり、映画に出演したりと、活躍している。全盛期を過ぎてからは、めちゃくちゃなタイソンであったが、その魅力は衰える事がなく、今でも最強の男の象徴として、語り継がれている。

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