BOOWY 解散の理由真相とは?原因はやっぱりあの人?

BOOWYは80年代活躍したロックバンドで、日本の音楽シーンに様々な影響を与えた伝説のロックバンドである。このBOOWYが解散を発表したのが、1987年の12月24日の渋谷公会堂のライブのアンコールでの事だった。BOOWYは何故解散したのか?その解散理由、原因などを書いていきたいと思います。

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BOOWY解散の理由

BOOWYの解散の理由は当初は謎に包まれていて、様々な事が噂されていた。ボーカル氷室京介と布袋寅泰が仲が悪い説、メンバーのお金の取り分が不公平だったので、金で揉めた説、氷室と布袋が女を取り合って喧嘩した説など様々だ。

BOOWY解散の理由を氷室京介に聞こうと思っても、怖そうなんで突っ込んで聞けないし、解散のきっかけを作ったと言われている布袋寅泰に聞いてみても、解散の理由は墓場まで持って行くと、はっきりしないし、松井常松はどこに行ったか分からないし、という中でドラムを担当していた、高橋まことが著書「スネア」に真相がかかれている。

BOOWY解散が決まった瞬間

当時布袋寅泰は山下久美子と結婚していた。山下久美子というのは、今では全く見る機会は無いがシンガーソングライターで、BOOWYがブレイクする前から有名で一時期布袋は山下久美子のヒモの様な存在であったと言われている。

そんな布袋だったが、BOOWYでの音楽活動が徐々に人気を呼び山下久美子以上の人気者になりつつあった。そんな時山下久美子のツアーに布袋も参加していたのだが、そのツアーにベースの松井常松も誘われ、その後高橋まことも誘われた。

高橋は氷室に相談なしに3人が他人のツアーに参加するなんてまずいと思って、氷室京介に相談したところ、「よし、じゃあ来月解散すっか」と言って解散になったのが、真相だそうだ。

松井常松と高橋まことは今どうしているのか?気になっている方は、以下のリンクから確認でsきます。

松井常松の現在、今何やってるの?元BOOWYのベーシストがヤバイ!

高橋まこと(BOØWYのドラマー)は現在何をやっているのか?事件だ

BOOWYというバンド

ここで、知らない人の為にBOOWYというバンドの成り立ちやメンバーの立ち位置などを紹介しよう。まずこのバンドのリーダーは氷室京介、群馬県出身、元不良少年で喧嘩のエピソードが結構有名、歌が上手く、この氷室京介がギターの布袋を誘った事からBOOWYが結成される。

※氷室京介の喧嘩エピソードについて

氷室京介喧嘩最強伝説、吉川晃司もダメだよあんなの・・

次にそのギターの布袋寅泰、この男は氷室京介の一歳年下で、地元も氷室京介と同じ群馬県、氷室京介とは昔から顔は知っていたが、別のバンドに所属していた事から、顔は知っている程度。年も一歳上だし、怖いしで余り絡んだ事はなかった。BOOWY結成前は何もせずブラブラしていた。

ベースの松井常松は氷室京介の同級生で群馬時代同じバンドに所属していた昔からの友達、BOOWYの前は別のバンドのベースを担当してプロで活躍していたが、氷室と布袋がバンドを組むというのを聞きつけてBOOWYに合流。

そしてドラムスの高橋まこと、高橋は氷室京介より、7歳年上。高橋だけが昔からの友達ではなく、バンドが行ったオーディションに参加して採用された。その他にギター、サックスを入れた6人のバンドだった。

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画像:http://goo.gl/GROcVq

結成当初は暴威と名乗っていたし、全身黒ずくめでパンク色が強く、ちょっと怖い感じで余り人気が出なかった。そこで布袋寅泰は、バンドの雰囲気を変える事を皆に提案する。ファッションや曲も、明るい雰囲気に変え、世の中の不満を歌うパンク色の強い曲ばかりではなく、ラブソング中心の楽曲に変更する事を。

結果この方向転換が吉と出る。しかし、その変化についていけない2人は脱退した。そして、その後皆が知る事となるBOOWYが生まれたのだ。ボーカル、ギター、ベース、ドラムと最小単位ながらも、それぞれがしっかりと仕事をする事によって、厚みがあるサウンドになりBOOWYは完成した。

BOOWYの曲はその殆どが、作詞は氷室京介が担当して、作曲は布袋寅泰が担当している。アルバムのプロデュースは布袋寅泰が担当し、楽器の演奏、メンバーのファッションも提案し、布袋のアイデアはバンバン当たった。布袋がBOOWYが売れたのは、俺のおかげ!と思っていたかは分からないが、BOOWYの快進撃は続いた。

売れたけど何か空しい

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画像:http://goo.gl/VQxVpG

BOOWYは売れた、遂にアルバムはオリコンのランキングで1位をとり、音楽業界でもナンバーワンとなった。人気が出ると出たで違う悩みも出て来た、アイドルを見る様なミーハーな客がライブの会場に押し寄せた。

客のお目当ては、ボーカルの氷室京介で、氷室に対して黄色い声援を送った。BOOWYの音楽を聞くというよりも、ただキャーキャー騒いでいる客が兎に角ウザかったと布袋は語っている。

売れれば売れる程、何か違和感の様なものが感じられて、仲の良かったBOOWYのメンバーも何故かギクシャクする様になったという。

そんなわけで、名実ともにナンバーワンとなったBOOWYだったが、雰囲気は余り良くなく、解散が決まってからも、音楽活動がしばらく続き、1987年の12月24日の渋谷公会堂のライブで解散を発表した。

氷室も解散すると皆に言ったものの、本当は解散したくなかったという説もあり、解散を発表したステージで、布袋寅泰が背を向けてなかったら、解散を撤回していたかもと高橋まことは語っている。

氷室と布袋の関係についてはこちらの記事に書いています。

氷室京介と布袋寅泰の溝はあった?不仲だったのか?キスまでライブでしてたのにね

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