宮本武蔵伝説、残念な伝説も紹介

今日は日本武道史上最強と言われている宮本武蔵について書いていきます。宮本武蔵と言えば、巌流島で佐々木小次郎と真剣勝負し勝利したとか、京都の吉岡道場と決闘して、70人と1人で戦い勝利したなど、何かと物騒な事が伝説として語られる事が多いが、それ以外の人間臭い部分での伝説を含めて調べてみたので、今日はそれを書いていきたいと思います。

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宮本武蔵は13歳で新当流の有馬喜兵衛と決闘し勝利。有馬喜兵衛という兵法者をボコボコにして、勝利しました。それ以来、決闘を辞める29歳まで60回以上戦いを行ったが1度も負ける事はなかった。

13歳の子供の時分から、大人と戦い勝利、それ以来全く負けていない、不敗の状態で62歳で死んだ。まさに日本の武道史上最強と言われている人物だ。

宮本武蔵の初戦の相手有馬喜兵衛についてはこちら。

ありまきへい(有馬喜兵衛)が弱すぎる。新当流とは

宮本武蔵の武勇伝を語る時に必ずついて回る事は、宮本武蔵の武勇伝に様々な異説があるという事だ。例えば、巌流島で戦った佐々木小次郎は18歳の少年であったとう説や60歳を越える老人であった説もあるし、

京都の名門吉岡道場と決闘し、当主清十郎を斬り殺し、その弟の伝七郎も切り殺し、その後一乗寺下がり松で、吉岡一門全てと決闘し、これに勝利し吉岡道場を滅ぼしたと言われているが、別の資料では、武蔵と吉岡の試合は引き分けで終わり、その後清十郎や伝七郎は合戦にも参加したと記載されてる資料もあるし、吉岡道場は武蔵に滅ぼされたのではなく、その後も染物屋として存続したという説もあり、

あれ・・武蔵ってひょっとして大した事ないんじゃないの?なんて思う人もいる位である。

しかし、考えてみて欲しい。

宮本武蔵以外で強いと言われている人々

伊藤一刀斎

塚原卜伝

上泉伊勢守

柳生石舟斎

などなど、名人、達人、最強と言われる人々も、真剣勝負を行った相手はことごとく無名の相手で、確固たる証拠や証言、記録が残っているわけではない。武蔵程実戦の記録が残っていたり、伝説が残っている人物は他にいないのだ。特にこの議論は小説家直木三十五が武蔵非名人説を唱えた事からこの説を信じる人も存在する。

これは、特に一般人では計り知れない能力を持つ者があらぬ疑いをかけられる事があるのだ。

例えば、ファミコンの高橋名人は16連射で有名であったが、そのコントローラーには、バネが仕掛けてあって警察に捕まり事情聴取を受けたであるとか。

実際にはこの様な事実はなく全く根拠のないでたらめであった。

この話とは全く逆のパターンもある。バカ、無能と言われている人物が実は天才だったという説である。

バカも天才も紙一重という言葉があるが、天才もバカも一般の凡人には計り知れない事があるのだ。

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武蔵伝説

風呂に入った事がない

にわかに信じがたい伝説であるが、昔は今と違いガス湯沸し器も無ければ、シャワーも無い、毎日必ず風呂に入るという習慣は無かったのかもしれない。そんな時代に尚且つ風呂嫌いな男がいたのだ。川で水浴びや井戸の水で水浴びをしたのかもしれないが、いわゆる風呂には入らなかった。何も不思議ではあるまい。

武蔵は髪の毛は伸び放題のボーボーで髪の毛をとかす事もなかった。かなり汚らしい見た目であった様だ。実際武蔵は、この見た目の悪さで剣術指南役の候補から外されている。

そうとうキモイオッサンであった様だ。

最強の剣術家であるが、剣術を学んだ事は無い

普通の人間は、何かを始める時、誰かに教わるとか、マニュアルを購入するとか色々ありますが、武蔵の場合は自己流です。そして自己流にもかかわらず、相手を倒してしまいます。このオッサン天才なんです。

左利き

武蔵は腕っぷしだけではなく、芸術の才能がある事は広く知られている。

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武蔵の絵を鑑定して武蔵は左利きである事が明らかになっている。

町割りや、造園も藩から依頼されやり遂げている。

 残念な伝説

宮本武蔵は初老になった頃、吉原の遊郭に入り浸っている。汚いオッサンだった為、女にはモテなかったと思われる。日本で最強の武道家に登り詰めた武蔵、殆ど遊んでこなかった為、オッサンになってから女にハマったようである。島原の乱に出陣した武蔵、吉原から出陣したという記録もある。

この島原の乱では、ろくに活躍も出来ず、石に当たり脛を負傷したという言い伝えもある。

しかし、この話は武蔵が他人にあてた手紙で自分から話した内容なのですが、この島原の乱では、武蔵は藩主の用心棒として参加していて、相手を倒すのが目的で参加した戦ではない。

この時武蔵は57歳であり既に武蔵の名前はかなり高まっており、かなりいい待遇を受けていた様で、この足を怪我したエピソードは武蔵が自分で謙遜して、こんな強い私でも、敵が投げた石に当たりケガする事もあるんですよ、はっ、はっはっ!だから貴方も頑張ってくれたまえ!とう感じの手紙であったそうだ。

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