花形敬、力道山もビビって逃げたステゴロ最強の男とは?

花形敬は戦後の東京で暴れま回ったヤクザです。漫画「グラップラー刃牙」シリーズに登場する喧嘩ヤクザ、花山薫のモデルとされる人物です。刃牙シリーズの花山は、身長190センチで全身筋肉、背中に「侠客立ち」という刺青を入れていて、全身傷だらけ。

白いスーツがトレードマークで、フチなしのメガネをかけていて、喧嘩の時は、そのメガネをすっと外す。腕力が圧倒的に強く、トランプも指で引き千切るとう怪力。

これはあくまでも、漫画の話、実際の花形敬はどんな感じの人だったのか?という事で、ネット、書籍等から情報を集めてみました。

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花形敬とは

学生時代

花形敬は1930年(昭和5)生まれ、他の子供よりかなり体が大きかった。子供の頃から顔見知りで、同じ時代に暴れたいた人たちに、花形と同じ安藤組の幹部となる、森田雅氏、石井福造氏、花田瑛一氏などがいた。

子供時代の花形は、不良少年達を引き連れて、地域の不良を全部やっつけると喧嘩して回っていた。そのデカイ体とただならぬ迫力に「怪物」と呼ばれていた。

同じ元安藤組の森田雅氏によると。

中学時代に現役のボクサーとリングで勝負して、一発のパンチでボクサーを伸ばしてしまうという豪腕を発揮したそうで、そのボクサーから、君は素手で殴ったら相手が死んでしまうから、平手打ちしなさいと言われたそうだ、それ以後花形のパンチは殺人パンチと呼ばれる様になったそうです。

元々は海軍兵学校を目指して終戦までは勉強一筋だったが、目を悪くしてからグレはじめ、突然変異で不良になった気持ち悪いやつと森田氏は言う。

千歳中学校を自主退学後、国士舘に編入してきた花形だったが、当時の国士舘の番長、石井福造氏に決闘を申し込んだ。

この時、石井氏の助っ人で、森田雅氏もその場にいたが、そこに現れた花形は、1人だけ飛び抜けた大男が立っていて、巨大なラッパズボンをはためかせて、にやにやしながら、指をポキポキならしていた、その異様な姿に度肝を抜かれたと回想している。

花形敬伝説

前科7犯、22回の逮捕歴、喧嘩は素手喧嘩(ステゴロ)。白いスーツがトレードマークと言われた。花形敬は映画や漫画などの作品に多数登場する位の多くのエピソードがある。その伝説の一部を紹介します。

花形敬の写真

出典:goo.gl/LKxTgq

花形は顔に大小20の刀傷があったと言われている。漫画のキャラクターになるのも頷けますね。また、全身にもおびただしい傷があったそうです。

身長

身長は180センチとも、185センチとも言われているのですが、正式なデータはない様です。しかし、当時の日本人の中では飛び抜けて大きい人だったそうです。因みに、花形敬の親分の安藤昇さんは166センチだったそうです。

花形の親分、安藤昇についてはこちらに詳しく書いています。

安藤昇伝説、花形敬も従った愚連隊の王者、この人凄過ぎ!

殺人パンチ

ほとんどの喧嘩はパンチ一発でかたがついたそうです。明大予科時代、空手部や柔道部、相撲部の猛者も当然学校にいたが、花形には勝てなかった。花形の噂を聞いて、明大の学部の番長が拳銃を持ってきて、花形に挑んだが、拳銃を一瞬で蹴り上げ、相手を叩きのめした。

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刺青

安藤組では、刺青や指詰めは禁止されていたため、刺青は入れていないと思います。

力道山との喧嘩

安藤組のシマにオープンした飲み屋「純情」安藤組に挨拶がないという事で、花形敬が出向いた、奥から出てきたのは、当時の国民的英雄、プロレスラーの力道山だった。

力道山は元力士でその後プロレスに転向、戦後柔道の木村政彦とタッグを組んで、外国人レスラーを空手チョップで、倒す勇士に国民が熱狂した。

力道山についてはこちらで、詳しく書いています。

力道山伝説、対木村政彦の真相や刺殺事件、仰天エピソード集

身長176センチ、体重は116キロ、身長は花形の方が大きかった様です。力道山も酒に酔った時そうとうタチの悪い人物で、飲み屋で女を殴ったりしたというエピソードもある。

奥から出てきた力道山は、「俺がこの店の用心棒だ」と花形に凄んだが、「てめぇ、ここを何処だと思ってやがる!てめえみたいな奴に用心棒が務まるか!」と大迫力で凄んだ。

あまりに凄い迫力だったため、やばいと思った力道山は、「うう・・なかで飲もう」と花形に屈服した。

ただし、この力道山とのやりとりには異説がある。そもそも、力道山との喧嘩の時花形はいなかったという説です。それについてはこちらで詳しく書いています。

安藤組森田雅の強さは伝説、喧嘩無敗の男、力道山を引かせたのは森田

拳銃で撃たれても死なない

安藤組の大幹部となった花形敬、同じ安藤組内に花形と並び称される喧嘩の達人で、森田雅という人がいた。彼と酒を飲んでいる時、花形は酔っ払って、森田氏を殴った。

森田氏は花形に切れかけたが、酒に酔っている時の花形は人が違った様になる事を知っていたから、その場は我慢して家に帰った。

しかし、森田氏の舎弟は兄貴分が殴られて黙っていられなかった。その夜酔っ払って、街を徘徊している花形を呼び止め、拳銃を構えた。

それに気づいた花形。

「なんだそりゃ?」

森田の舎弟は動けないで固まっていた。

「撃つか、喋るかどっちかにしろ!」花形のパンチが炸裂し、舎弟はふっとんだ。

その時、舎弟は引き金を引いた。

その弾はあたらなかった。

「このガキが、この俺を撃てるのか」

花形が近づいてきた。

舎弟は意を決して引き金を引いた。その弾は、花形の指を貫通した。

「てめえ!しっかり狙わねえと命がねえぞ!」

ひむる事なく迫ってくる花形。もう一発引き金を引いた。

今度は身体に命中したが花形は倒れなかった。

ここで、森田氏の舎弟は逃走した。

その後、自力で病院に行った花形は治療を受けた。幸い弾は貫通していて、大事にならなかった。そのまま、病院を抜け出し、朝まで酒を飲んで、女を連れて旅館に泊まった。

真樹日佐夫とタイマン

私はこの話はガセネタと思っています。空手の真樹日佐夫氏が、花形敬とタイマンして、引き分けたと自身の著書に書いているそうだが、花形は1930年生まれ、真樹日佐夫氏は1940年生まれ、10歳の年齢差があります。

真樹日佐夫氏が20歳前後の頃、花形敬は既に安藤組の大幹部で、1961年には、横井英樹銃撃事件が起こっていて、親分の安藤昇さんが逮捕されます。安藤さんが不在の頃、花形は安藤の留守を預かる組長代行となります。組でも重要なポストについている花形と、20歳そこそこの若者がタイマンを張れるとは思えません。

では、もっと前の真樹日佐夫氏が10代の頃という事になると・・

真樹氏も10代の頃、空き巣や恐喝、暴力行為等で鑑別所や少年院に送られた事があるそうだが、それにしても何もバックボーンの無い10代の少年がバリバリの喧嘩ヤクザだった花形敬に挑んで引き分けるとは想像できない。

また、真樹日佐夫氏が極真空手に入門したのが、大山茂さんがアメリカに道場を開く為に、渡米してから後のはずだから、(大山茂さんが渡米したのが、1967年6月15日)真樹日佐夫氏が27歳の時に渡米していて、更にその後に入門している。

大山茂さんについてはこちらに詳しく書いています。

大山茂の現在、正拳の威力はバケモノ、全盛期のウィリーも勝てなかった、最強の拳

花形は1963年には亡くなっているので、本当に戦ったとしても、空手と出会う前の素人の時という事になる。

その状態で、花形敬と互角に戦ったというのは、ちょっと説得力がない。ただ、今となっては、両方とも故人となっている為、都市伝説となっていて、確認しようがない。真樹日佐夫氏と花形敬が戦い、引き分けたという話、信じるか、信じないかは、あなた次第ですという感じです。

安部譲二とタイマン

出どころは分からないが、安部譲二が花形とタイマンを張って互角の勝負だったとか・・ちょっと考えられません。花形と安部譲二の年齢差は7つです。

アウトローの世界で7つも年齢が違うという事は、安部からしたら、花形は大先輩にあたるはず、安部譲二の尊敬する森田雅も花形の事を敬さんと読んで立てていた。安部譲二の強さは知らないが、森田雅の強さは間違いないはずだから、花形対安部が実現したとは思えません。(実際のところは分かりません)

子供

娘さんがいるそうですが、調べたが全く情報はありませんでした。

花形敬刺殺事件

親分の安藤昇さんが、横井英樹狙撃事件を起こし、刑務所の中へ花形敬は組を任され、親分の帰りを待っていた。花形敬の舎弟西原健吾の若衆が東声会との喧嘩で、東声会組員に怪我を負わせた。

花形はこの事件を仲裁してもらう様、何人かの力のある人に相談していたが、うまくいかず、神奈川県川崎市二子にある料亭の前の路上で待ち伏せしていた2人の刺客に殺害された。昭和38年9月27の午後11過ぎの出来事です。享年33歳。花形の母親は安藤組の組員に報復はしないで下さいと頼んだそうです。

花形敬の墓

東京世田谷の住宅街の中、小田急小田原線の経堂駅から徒歩で10分、常徳院の片隅に花形の墓はある。

花形敬を扱った作品

小説「疵 花形敬とその時代」

映画「安藤組外伝・人斬り舎弟」

映画「疵」

映画「修羅場の人間学」

映画「実録安藤組外伝・餓狼の掟」

花形をモデルにした漫画

刃牙シリーズの花山薫

漫画「軍鶏」早乙女薫も花形敬がモデルと言われている。

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