箱根駅伝の歴代様々な記録やランキング、最強のランナーは誰だ!

毎年、お正月の風物詩となった箱根駅伝の様々な記録についてお伝えします。箱根駅伝は正式名称が「東京箱根間往復大学駅伝競走」(とうきょうはこねかんおうふくだいがくえきでんきょうそう)といいます。

第一回が開催されたのが、1920年、大正9年から開催されている、歴史のある大会です。

第一回の箱根駅伝は、出場した大学は僅か4校、優勝したのは、東京高等師範学校で、大半の学校は、出場選手が揃える事ができなくて、出場できなかったそうです。

現在は20校が出場し、第5区で圧倒的な活躍をした選手が「山の神」と呼ばれて、ヒーローになる事も有名です。

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箱根駅伝歴代記録やランキング

歴代総合優勝回数ランキング

長い箱根駅伝の歴史の中で、優勝回数が多い大学は?という事でランキングにしてみました。

第1位

優勝回数14回

中央大学

第2位

優勝回数13回

早稲田大学

第3位

優勝回数12回

日本大学

第4位

優勝回数11回

順天堂大学

第5位

優勝回数10回

日本体育大学

第6位

優勝回数7回

明治大学

第7位

優勝回数6回

駒澤大学

第8位

優勝回数4回

大東文化大学

東洋大学

第10位

優勝回数3回

山梨学院大学

青山学院大学

1区から10区歴代区間記録

ここでは、現コースの最高記録をお伝えします。

往路(107.5キロ)

1区(21.3キロ)

1位記録 1時間1分6秒

東海大学 佐藤悠基

2区(23.1キロ)

1位記録 1時間6分4秒

山梨学院大学 メクボ・ジョブ・モグス

3区(21.4キロ)

1位記録 1時間1分38秒

山梨学院大学 オンディバ・コスマス

4区(20.9キロ)

1位記録 1時間3分36秒

順天堂大学 栃木渡

5区(20.8キロ)

1位記録 1時間12分46秒

駒澤大学 大塚祥平

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復路(109.6キロ)

6区(20.8キロ)

1位記録 58分1秒

日本体育大学 秋山清仁

7区(21.3キロ)

1位記録 1時間2分32秒

東洋大学 設楽悠太

8区(21.4キロ)

1位記録 1時間4分5秒

山梨学院大学 古田哲弘

9区(23.1キロ)

1位記録 1時間8分1秒

中央学院大学 篠藤淳

10区(23.0キロ)

1位記録 1時間8分59秒

順天堂大学 松瀬元太

歴代山の神

箱根駅伝の山の神とは、第5区小田原中継所から芦ノ湖までの区間の事をいう。この5区はコースが山登り、このキツイコースで活躍した人を、その栄誉を称えて、人は「山の神」と呼ぶようになった。

その山の神は3人いる。

初代山の神 今井正人

今井正人選手は、順天度大学、第5区のごぼう抜き記録11人という記録の持ち主、この時、今井選手の活躍で15位からなんと、4位にまで逆転した。

2代目山の神 柏原竜二

柏原竜二選手は、東洋大学、柏原選手が凄いのは、4年連続で区間賞になっている所です。1年から、4年まで全てで区間賞を取るなんて、凄すぎです。

3代目山の神 神野大地

神野大地選手は、青山学院大学の選手です。2位でタスキを受け取り、逆転して1位へ、4分59秒の大差をつけて、ゴールし青山学院大学は優勝した。

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歴代最強ランナーは誰だ!?

という事で、この箱根駅伝のファンの方に強く印象に残っているランナーを語っていただきましたので、紹介します。3名の方に聞いてきました。

大迫傑・村山鉱太 〜箱根駅伝最強ランナー〜

私は中学生の頃から21歳になる今まで箱根駅伝を観てきた中で、早稲田大学の大迫傑が群を抜いて素晴らしい選手だと思っています。彼は大学一年時の第87回箱根駅伝では1区序盤で先頭集団から抜け出し、唯一付いてきた日本大学の堂本尚寛を振り切り、2位に54秒差をつけて区間賞を獲得しました。

記録は1時間02分22秒で当時の大学1年の最高記録でした。

この記録を出すことは相当ハードな練習を積んできたことの裏付けでありすごいことだと思います。しかし私は、1区という区間で箱根駅伝の雰囲気が未知であったり経験が無いという状態で、1年生ながら1区中盤から抜け出そうと思った大迫のメンタルの強さに本当の凄さを感じました。

この走りが大迫傑を全国区にした一つの要因であると考えます。さらに、箱根駅伝以外でも目覚ましい結果を残しています。2013年4月28日のカーディナル招待で日本人学生10000m最高記録、27分38秒31をマークしました。

その後3000mと5000mでも日本記録を残しています。

大迫傑はトラックとロードの両方で活躍できるとても魅力的な選手です。10000mとマラソンの日本記録を更新し、日本の陸上長距離界をもっと盛り上げてほしいものです。

もう一人素晴らしいと思った選手は城西大学の村山鉱太です。彼は2015年の箱根駅伝の2区で16位で襷を受けた後、8人をごぼう抜きという快走を見せて1時間7分43秒で区間2位、チームを8位に押し上げました。

このとき双子の兄の謙太も同じ区間で走っており、兄の存在も奮発材料になったのかもしれません。さらに彼は箱根駅伝予選会で、20kmという距離を留学生選手を破って日本人歴代1位となる58分26秒のタイムを出しました。

彼の外国人や日本人のライバルに絶対に負けないという姿勢は凄いことだし、日本人は参考にしなければならないと思います。10000m日本記録保持者としてのスピードを生かし、将来的にはマラソンで世界的に羽ばたいてほしいです。

箱根駅伝の英雄只隈選手と記憶に残る激走大村選手

箱根駅伝を始めてみた時の感動が大きかったのでそこから毎年テレビ放送を見て自分も陸上を志すようになりました。初めて見た時の花2区は一生忘れることはありません。

その大会は1987年で印象に残った選手は大東文化大の只隈伸也選手です。

初めてその存在を知りましたが、紹介のテロップに福岡県八幡大付属高校出身とありました。私は北九州市八幡西区の人間でしたから、八幡東区の八幡大付属高校は完全に地元で、家族で観戦していましたが、当然只隈選手の走りに注目していました。

大東大は1区を7位で通過して只隈選手は走り出しました。そして後ろから日体大の鈴木尚人選手が猛追して並ばれました。この鈴木選手も注目の一人で将来を嘱望されているというアナウンスされ、ここから手に汗握るデッドヒートが展開されました。

鈴木選手は筋肉粒々でパワーで押していくのに対し、只隈選手は長身で颯爽と軽快に走り、特徴のある個性のぶつかり合いでした。この2人は延々と争いながらグイグイと順位を上げていく様はまさに名勝負でした。

しかし終盤に只隈選手がスパートをかけ一気に突き放し、何と20キロ手前でトップを走る中央大の楜沢選手を捉えました。この楜沢選手の走りも力強く中大のエースランナーでしたが、置いて行かれ、最後は只隈選手はガッツポーズで3区にタスキを渡す姿が印象的で、素晴らしい選手だったと思います。

もう一人記録よりも記憶に残るのは2001年の5区山登りでの法政大の大村一選手です。正直言って法政大がトップを走るとは想像つかなく、大村選手がタスキをもらった時点で後続が追いつくのは時間の問題だろうと思いましたが、大村選手は前半からグイグイとハイペースで上っていきました。

後続は順天堂大の奥田選手と中央大の藤原選手が追い上げますが、なかなか縮まりません。奥田選手も藤原選手も実力者で特に藤原選手はのちにマラソン日本代表になるほど実力を持っていました。

この時の箱根駅伝はかなりの強風が吹き過酷な条件でした。そして箱根の山を上りきった後、先頭の大村選手に奥田選手がまず近付きました。その強風に顔をゆがめる大村選手に奥田選手が並びトップが逆転しました。

大村選手の状況から順位が入れ替わるなと思った瞬間下りを利用して大村選手がスパート。奥田選手に対しどけと言わんばかりの走りに興奮したことを覚えています。10000mの持ちタイムは30分を越え、奥田選手と藤原選手に2分近く実力差がある中で気迫の走りを見せてくれました。

しかしレースは中央大の藤原選手が力を発揮して逆転。中央大がトップで往路優勝を飾り、2位は順天堂大が入り、健闘した大村選手の法政大は3位となりました。それでも前評判は明らかに低かった大村選手が山登りという過酷な環境の中で実力者に対して闘志を見せた魂の走りに感動しました。箱根駅伝における私にとってのヒーローはこの2人です。

身びいきで選んだ名選手たち

箱根駅伝は毎年お正月に開催される駅伝で、参加する大学が競う様子をテレビで観戦するのは我が家の定番となっています。叔父がある大学の先生をしていたことがあって、その関係もあって祖父が必ずお正月には見ていたので、我が家でもそれに倣っています。

歴史のある大会ですから、たくさんの名選手を輩出していて、去年のあの大学は出るのかなとか、今年はあの学生は最後の年になるなとか家族で話合いながら観戦します。
歴代の名選手と言えば、夫もそうですが叔父も早稲田大学だったので身びいきで言わせてもらえば、渡辺康幸さんです。

第69回から第72回までの四年間、続けて出場しました。

第69回(1993年)は2区を区間2位【1時間8分48秒】で
第70回(1994年)は1区区間賞を(区間新記録)【1時間1分13秒】で
第71回(1995年)は2区区間賞を(区間新記録)【1時間6分48秒】で
第72回(1996年)は2区区間賞を【1時間6分54秒】で
走りました。

素晴らしい成績を残した選手です。

優しい面差しの選手でしたが、早稲田大学の駅伝監督として活躍された時期もあり、毎年テレビでお顔を見せていました。今は住友電工の監督として若い選手を鍛えています。次にその名を挙げたいと思うのは、こちらも息子が青山学院大学ということで身びいきなのですが、青山学院大学の神野大地さんです。

今は箱根駅伝と言えば青学というようになっていますが、その初めの一歩を刻んだのが神野さんの活躍でした。第91回箱根駅伝で往路を走りましたが、1時間16分15秒というすばらしいタイムで5区を駆け抜けたのです。

襷を受け取った時は2位でした、優勝候補の駒澤大学にぐんぐんと追いついて、追い抜くとそのままのペースで走り続けました。後から来た明治大学は4分59秒も差をつけられていたのです。青学の原監督の教え通り、苦しんで走るのではなく楽しんで走るということを体現するように笑顔でテープを切る姿は、それまでの駅伝のイメージを変えました。

他にもたくさん素晴らしい選手がいて、ドラマが生まれるのが箱根駅伝です。来年もできれば良いお天気で、どの大学のどの選手もみな笑顔で走り切れるようにと願っています。

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