仁義の墓場は実話、石川力男を見事に演じた渡哲也(深作映画)

仁義の墓場は深作欣二が監督した、

東映の実録ヤクザシリーズのタイトルです。

公開されたのは、昭和50年2月15日、

原作は藤田五郎の同名小説が原作です。

東京に実在したヤクザ、

石川力男の半生を映画にした作品です。

この映画は、

完全な実話のドキュメンタリーではありません。

映画冒頭の石川を知る人物のインタビューや、

石川の病院のカルテなども出てきますが、
全てを取材する時間が足りなかった為、

かなりシナリオに、フィクションの部分を入れています。

因みに、この映画で有名なシーン、

主人公が死んだ妻の骨を食べるシーンですが、
あれは、別の俳優さんが実際に行ったエピソードを入れています。

映画の主演は渡哲也。

この映画を見た人なら分かると思いますが、
渡哲也の演技が素晴らしいです。

 

まるで、石川力男が乗り移った様な演技です。

私はヤクザ映画が好きでよく見ていましたが、
ヤクザ映画の最高峰が仁義なき戦いだとすれば、

それにも、劣らない作品だと思います。

 

かなり過激なシーンが多く、

最後の石川力男のダイブのシーンで飛び散る血を見て、

同時上映の千葉真一のカンフー映画を見にきていた少年達に、

トラウマを与えました。

 

という事で、今日は映画仁義の墓場を紹介します。

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傑作仁義の墓場とは

仁義の墓場あらすじ

終戦直後の新宿が舞台、テキ屋河田組の組員の石川力男は、
その凶暴性から若くして頭角を現し、三国人愚連隊グループや、
他の組織と喧嘩をして暴れまわっていた。

石川の親分、河田は暴れん坊の石川を持て余していた。

ある日石川が他所の組の賭場でトラブルを起こし、
そこにいた、大親分から説教される。

賭場から出た石川は、なんと大親分の車のガソリンタンクを開けて、
火をつけた。

その大親分は、自分の親分の河田よりも、

更に上に位置する親分だったものだから、

河田はカンカンになり、石川を殴りつけた。

 

石川はそれに逆上して、何と自分の親分である河田を刺す。

逮捕された石川は命を狙われる存在になる。

何故なら、ヤクザの世界で親分子分の関係とは、
絶対であり、それをないがしろにするという事は、
ヤクザを否定する事になるからです。

自分の組以外の囚人にも命を狙われる日々が続く石川に、

下された沙汰は、
10年間の関東所払いだった。

これは、恩情措置と言える。

本来であれば、命を取られてもおかしくない所を、
所払いで済んだのです。

石川と仲のいい兄貴分の今井の助けもあって、
大阪で暮らす事になる。

そして、1年の時が過ぎた。

石川が去ってから、東京でひとかどの親分となった今井の賭場に、

行儀の悪い二人組が現れる。

何とそこにいたのは、石川だった。

すっかり変わり果てた姿になった石川、
石川はこの後、次々とトラブルを起こし、
やがて、世話になった兄貴分の今井にも、牙を剥く事になる。

【仁義の墓場予告】

仁義の墓場(予告編)

仁義の墓場渡哲也の演技

この映画の主人公石川力男は、覚せい剤中毒者です。

当然顔色は悪く、病んだ感じの演技が必要なのですが、

渡哲也は見事に再現しています。

出典:goo.gl/VnYnaE

 

薬を打つ事により、どんどん衰弱していくシーンや、

また、妻が死んで火葬場で妻の骨を涙を流しながら骨壷に入れるシーン、

親分の前で死んだ妻の遺骨をボリボリ食べるシーンなど、

飢えた狂犬ヤクザ見事に演じています。

この渡哲也の病的な演技には実は秘密があった。

この映画が公開される前の年に、

渡哲也は大河ドラマ「勝海舟」の主役を病気で途中降板している。

そして、11ヶ月も入院していた。

病み上がりの状態で、仁義の墓場の撮影に入った渡哲也だったが、

体調がどんどん悪化していった。

 

撮影した時期がとても寒い時期だったのです。

後半には、点滴を打ちながらの撮影でした。

もともと病人だったのです。

しかも、かなりの強行スケジュールで映画は作られ、

僅か24日間で撮影を終えて、不眠不休だったといいます。

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石川力男という男

石川力男は実在の人物で、映画にも描かれていますが、

親分を切りつけて関東所払いになります。

 

石川の事を不憫に思った刑務所の看守が、

ある有力な親分に掛け合って、

所払いで済んだそうです。

その後、大阪に行った石川は、

東京に残した妻と一緒に暮らせる様に、

堅気の仕事も真面目に行ったんですが、

うまくいかず、薬物に手を出してしまったのです。

そこから、破滅に向かっていきます。

 

10年待たずに、東京へ帰って来た石川は、
自分の事を庇ってくれていた、兄貴分まで殺害します。

そして妻は自殺。

また自分のいた組にも迷惑をかけ、遂に逮捕されます。

石川は刑務所を出所したら、自分の親分と対決するつもりだったが、
自分の体はどんどん病気で弱っていった。

そして、石川の最後が訪れます。

拘置所の屋上に登った石川は、

15メートル下に飛び降りた。

拘置所の壁には、この様に書かれていた。

【大笑い30年の馬鹿さわぎ 石川力夫】

彼と同世代で、この映画にも、
大親分の野津役で出演していた安藤昇は、
石川力男の事を知ってるか?と聞かれると、

「知らねぇな。名前も聞いた事ねぇな。どうせ小物だろ」と話しています。

 

安藤昇は、渋谷で安藤組を率いていた元組長。

配下には有名な花形敬などがいた。

この作品以外にも、数本の映画のモデルになっている石川だが、
意外にも安藤は知らなかった。

映画の中で、石川が石屋に墓石を掘らせるシーンがありますが、あの墓は、

新宿の常円寺というお寺に実在します。

何故無茶苦茶な石川が「仁義」と掘らせたのか。

また、自分が殺した今井の名前を何故刻んだのかは、謎です。

 

最後に

という事で、今日は仁義の墓場についてでした。

最初の方は、梅宮辰夫演じる今井とも仲が良かったのに、

どんどん石川がめちゃくちゃになっていったのが、
残念でしたね。

 

しかし、あの石川の奥さんかわいそ過ぎます。

最後は自殺しましたが、死ぬ一週間前に、

石川との婚姻届が提出されていた事が分かっています。

 

奥さんが死ぬ事を悟った石川が出したのでしょうか。

そうであって欲しいなと思います。

 

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