マイクタイソンの強さは伝説、鋼鉄の筋肉を作り上げた練習内容とは?現在は?

2019年11月20日

マイクタイソン全盛期の強さは伝説トレーニング内容

 

思い起こせば中学生の頃、大阪でいうところの、

テレビ大阪、東京で言うところの、

テレビ東京系列でマイクタイソンの試合を放送していた。

解説はジョー小泉です。

 

毎回タイソンは対戦相手をノックアウトしました。

 

戦えば必ず勝つという真剣勝負のボクシングの試合で、

当たり前の様に相手を倒すタイソンの強さに驚いたし、

今まで全く盛り上がってもいなかったボクシング界に、

颯爽と現れたニューヒーローに目が釘付けになった事を今でも覚えています。

 

今でもマイクタイソンこそ、

ヘビー級歴代で最強のボクサーであると言う人もいる伝説の男なのです。

 

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マイクタイソンの全盛期の強さと筋肉

マイクタイソンの強さとは?

と質問されれば、みな、あのスピードと、

鋼鉄の様な肉体だと答える方が多いのではないでしょうか?

マイクタイソンの身長や体重を紹介しましょう。

マイクタイソンが戦う階級はヘビー級です。

 

ヘビー級は体重が一番思い階級であり、

上限はありません。

 

そんな怪物がぞろいのヘビー級の中でも、

マイクタイソンの体は小さい。

マイクタイソンの身長や体重その他のサイズ

身長 180cm

体重 98.8キロ

リーチ 180cm

首回り 50cm

マイクタイソンの身長は一時期170cm代とも言われていたが、

慈恵医大での測定で180cmである事が分かりました。

スピードと破壊力が凄い

マイクタイソンは小柄であるが、

恐ろしい程のスピードで、相手の攻撃をかわし、

そのパンチはダイナマイトパンチと呼ばれ、

ガードの上からでも相手をぶちのめし、

巨大な男達をマットに沈めてきた。

 

タイソンのボクシングスタイルは、

ピーカーブースタイルと呼ばれ、

ガードをアゴの前で固め、そこから目だけ出して、

体を左右に振って相手の懐に入り込み、

コンビネーションから、相手に恐ろしく早いパンチを連続で叩き込むスタイルで、

KOの山を築いた。

マイクタイソンのトレーニング!縄跳びも上手い

タイソンのトレーニングを動画や映像で見た事のある人なら、

その凄さを知っているはずだ。

サンドバックにめり込むパンチ、

サンドバックの揺れと、そのインパクトの音に、

この男が放つパンチが尋常でない事が分かる。

 

タイソンの全盛期は1988年頃までと言われています。

 

しかし、1988年以降は、全盛期と比べた場合、

明らかに落ちた、

これは、タイソンのボクシングの師匠であるカス・ダマトが死んでから、

ドンキングと手を組んみ、

今まで周りにいた有能なスタッフを辞めさせた事にあるようです。

マイクタイソンを作り上げた二人の男

カス・ダマト

カス・ダマトこそがマイクタイソンを見出した男です。

カス・ダマトはボクシングのトレーナーとして、

業界でも地位を確立していた。

 

タイソン以外に、

二人の世界チャンピオンを育てた実績があるのです。

 

カス・ダマトは隠居生活の身でした。

 

そんな時、少年院の更生プログラムの一つである、

ボクシングを受けていたマイクタイソンを、

担当の教官から紹介されます。

 

カス・ダマトはタイソンの非凡な才能を見抜き、

「こいつは世界チャンピオンになれる!」と衝撃を受けた。

 

当時のタイソンは不良少年で、

ケンカばかりしていた、ワルだった。

 

12歳までに何度も逮捕され、その数51回を数えました。

 

そんな時、マイクタイソンの母親が亡くなり、

16歳の少年マイクタイソンを引き取り、

彼にボクシングの英才教育を施しました。

 

タイソンもカス・ダマトになついて、

タイソンはこのカスダマトを父親以上の存在であると語っています。

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※カス・ダマトとマイクタイソン

http://urx.blue/qcAg

ケビン・ルーニー

カスダマトの死後マイクタイソンのトレーナーを引き継ぎ、

マイクタイソンを、

史上最年少のヘビー級の世界チャンピオンに育て上げた人物で、

 

彼自身もカスダマトにボクシングの指導を受けた人物です。

 

カス・ダマト時代からこのケビン・ルーニーがトレーナーをしていた時代が、

タイソンの全盛期と言われています。

 

タイソンはカスダマトが、決して近寄ってはいけないと言っていた、

ドンキングと手を組み、ケビン・ルーニーを解雇しました。

 

しかし、それがタイソンの強さの崩壊の始まりと言われています。

 

ケビン・ルーニーとマイクタイソンのミット打ちの練習をご覧下さい。

 

この練習を見ただけで、

いかにマイクタイソンが強いか分かりますよね。

マイクタイソンのトレーニング

この時代のマイクタイソンのトレーニングと食事の内容を紹介します。

これはインタビューで語った内容で、結構有名な内容です。

以下http://www.sf-magazine.com/sports/tyson-special.htmより引用

5AM 起床、約5kmのジョギング
6AM エクササイズを終え、シャワーを浴び再び寝る。
(朝のジョギングが彼の強い脚を造った)
10AM 起きてオートミールを食べる。
12PM リングで練習(10ラウンドのスパーリング)
2PM 食事(ステーキとパスタとフルーツジュース)
3PM 再びリングで練習と、1時間エアロバイク
(自転車漕ぎ)
(太い彼の脚の持久力を高めた)
5PM 筋トレ
腹筋2,000回、ディップス500~800回、腕立て伏せ500回
シュラッグ30kgのバーベルで500回)、
首のエクササイズを 10分間
7PM 夕食(ステーキとパスタとフルーツジュース)
8PM エアロバイク(自転車漕ぎ)を30分した後、TVを観て
就寝。

(朝ジョギングをする前は、ストレッチを充分に行い、その後
箱に飛び乗るジャンプを10回、短距離ダッシュ(全力疾走)
を10本をこなした)

(昼の12時にスパーリングをし、午後3時にはミットもしくは
ヘビーバッグを使ってリング内での稽古をする)(午後5時には、サーキットトレーニングとして、200回の腹筋、25~40回のディップス、50回の腕立て伏せ、25~40回のディップス、シュラッグ50回を、10セット行い、その後首のエクササイズ(ブリッジ)を10分する)

タイソンは、シュラッグが短い腕から繰り出すパンチに必要な肩を造ってくれ、首の持久力も上がったと言う。
因みにタイソンが13歳の時、腹筋は50回もできず、腕立ても13回しか出来なかったが、徐々にトレーニングで能力を高め、20歳になる頃には2時間以内に2,000回の腹筋を毎日こなすようになった。

もし、〇〇だったら、とか、

たら、ればの話をしてもしょうがないのですが、

もしカスダマトが死なずに、もうしばらくタイソンの元にいたのなら、

間違いなくタイソンの連勝記録は伸びただろうし、

 

様々な、

スキャンダラスな事件は、

起こっていなかったんじゃないかと言われています。

 

もし、ずっとケビン・ルーニーがトレーナーであったら、

ずっとマイクタイソンはヘビー級チャンピオンなのではないか?

なんて事も言う人がいる位です。

 

 

もう一人の最強ボクサー候補アリとの比較はこちら

モハメド・アリ対マイク・タイソンどっちが強い?全盛期の対決を徹底解説

マイクタイソンの色々な話

オリンピックには出たの?

タイソンはアマチュアからボクシングをスタートしている。

しかし、オリンピックには出場していません。

1984年のロサンゼルスオリンピックの出場を狙っていたが、

最終選考の決勝戦でダウンを奪いながらも判定で敗れた。

アマチュアの対戦成績は52戦47勝5敗

非公式試合にも多数出場している為に、正確な数字は分からないそうです。

プロでの通算成績

58戦50勝6敗44KO 2無効試合

タイソンの負け試合

1990年2月11日  ジェームス・ダグラス 10R KO
1996年11月7日   イベンダー・ホリフィールド 11R TKO
1997年6月28日   イベンダー・ホリフィールド 3R 失格
2002年6月8日   レノックス・ルイス 8R KO
2004年7月30日  ダニー・ウィリアムズ 4R KO
2005年6月11日  ケビン・マクブライド 6R TKO

結婚相手と子供

ファッションモデル ロギン・ギブンズ 1年で破局

モニカ・ターナー 約6年で離婚

ラキハ・スパイサー

子供は計8人そのうち娘1人が事故死している。

マイクタイソンのカッコイイ名言

■俺は何も持たずに生まれてきた。そして、何も持たずに死ぬだろう。

■運命よ、そこをどけ!俺が通る!

■何事にも動揺するな。感情を持ち込むな。

悲しみや憐れみを感じてはならない。

何も感じることなどない。

任務を遂げろ。

■自分の情熱に従え。自分の本能に忠実になれ。

人の群れに惑わされず、いつも自分でいろ。

マイクタイソンの最高年収

1996年に、7500万ドル (85億円)を稼いでいます。

この年スポーツ選手の中で1位でした。

マイクタイソンの現在は?

マイクタイソンは2005年に無名のボクサーと戦い敗れ、

リングを去った。

 

引退試合という様な華やかな、

セレモニーでもなく現役生活にピリオドを打った様です。

 

最後はボロボロになって、ひっそりリングを去って行く、

いかにもタイソンらしい、不器用な最期なのではないでしょうか?

 

引退後は三度目の結婚をしたり、

タイソンを扱った映画が公開されたり、

 

CS放送では、タイソンが子供の頃からこよなく愛する、

鳩のレースの話のテレビに出演したり、

ボクシングの殿堂入りをしたり、

プロレスのレフェリーをしたり、

映画に出演したりと、活躍している。

 

全盛期を過ぎてからは、めちゃくちゃなタイソンであったが、

その魅力は衰える事がなく、

今でも最強の男の象徴として、語り継がれている。

 

このマイク.タイソンが格闘技で最強であると語った男については、

こちらに詳しく書いています。

ヒョードルが最強の理由、ヒョードルの全盛期に勝てる奴はいない?

最後に

という事で今日はマイクタイソンについてでした。

全盛期のスピードとパワーは凄いですね。

まさに時代を作ったチャンピオンだと思います。

では、また!

ボクシングの記事まとめページ

https://ojisan777.net/?p=12780

 

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