オウム真理教の子供、松本麗華(まつもとりか)が真実を語った!

2019年11月21日

オウム真理教の子供、三女松本麗華

1995年の3月20日、この日を覚えているでしょうか?

この日は地下鉄サリン事件が起こった日です。

この事件が起こった日、ニュースで地下鉄にサリンが撒かれた!と大騒ぎになりました。

 

死傷者が出ていると聞いて、当時20代前半のガキであった私は、

何が起こったんだ?という感じでビックリしました。

しかし、世の中何があるか分からないから、

きっと頭の狂った人が毒を撒いたんだろうななんて思っていた。

 

すると、しばらくして、オウム真理教がかかわっている事がテレビで報道されはじめ、

世の中がオウム報道一色になったのも今思えば異様な光景であった。

 

オウム真理教は、信者にLSDを飲ませ幻覚を見せ神秘体験と勘違いさせ、

洗脳し自分の意のままに操っていた!

 

オウムが現れた時代はバブルの時代、

今から考えたらとてもいい時代なのですが、若者の間には、何か物足りない、

もっと自分に力があれば!なんて思っていた人が多かったのは事実だ。

 

こんな考えもあった、もう社会の構造は完成していて、

すでに権力を握っている人は決まっているので、

若者がいくら努力しても、大きな権力を持つ事ができない、

いっその事、もう一度戦争でも起こって、

また一から競争する社会にならないかな!とか、

 

そんな人達を、修業をする事によって、

超人的な力を身に付ける事が出来ると言って、

オウムはどんどん勧誘して取り込んでいったのだ。

 

地下鉄サリン事件以降、

オウムを批判するテレビ番組がたくさん放映された。

 

やがて、オウム真理教の教団幹部と言われる、

人物がテレビに出だし、オウム真理教はこの事件に関わっていないと、

事件への関与を否定し、討論番組やワイドショーなどに連日教団幹部が出演した。

 

テレビに出ていたのが、上祐史浩と村井秀夫、

そして教団の弁護士である青山という男です。

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※あー言えば上祐と言われていた教団の広報、上祐史浩

この事件は、死んだ人が13人います。

負傷した人はなんと6000人!!

何の罪もない人が13人、たまたま、その地下鉄に乗り合わせた人達がサリンを撒かれ、

それを吸い込んだ為死んでしまいました。

 

そして、生き残った人でも、サリンの後遺症に悩まされ、

今なお苦しんでおられる方々がたくさんいる。

 

この様な凶悪事件にかかわった者は、

死刑にするべきだという事で、

オウム事件の実行犯は次々と死刑判決を受けていますが、

テレビによく出ていた、村井幹部は刺殺されたが、

上祐氏はひかりの輪という宗教を主催している様で、

今もなお宗教団体の代表をしている。

 

この人は事件が起こった時は、オウムのロシア支部にいた為、

事件の関与はないという事で、他の幹部達とは違い、

実行犯ではないので、死刑や長期刑にはならなかった。

 

しかし、これは結果論であり日本にいたのであれば、

私は凶悪犯罪にかかわったのではないか?と思ってしまいます。

 

前置きが長くなりましたが、

オウム真理教の教祖、麻原彰晃こと松本容疑者の三女松本麗華(まつもとりか)、

が最近テレビに出演した。

この三女は幼い頃、アーチャリーという教団名をつけられ、

麻原の後継者とも言われていた。

 

麻原の子供はこの松本麗華(まつもとりか)以外に、

麗華の姉2人、妹1人、弟2人の6人兄弟。

この三女松本麗華(まつもとりか)も31歳です。

 

あの事件からそんなに時間がたったのかと感慨深いものがあります。

 

ニュース番組のインタビューに答える、

三女松本麗華(まつもとりか)、ビクビクして生きていくよりも、

麻原の娘として生きて行く事を決意したというのだ。

 

麻原の三女は、幼い頃から麻原の元で、

目の見えない麻原の杖代わりに、麻原に付き従っているシーンがニュースで流れていた。

 

この地下鉄サリン事件や、それ以外の犯罪行為について、

三女は知らなかったという。

 

麻原が教団施設で逮捕された時も、今でも鮮明に覚えているそうだ。

 

地下鉄サリン事件をはじめ、

それ以外の凶悪犯罪はほんの一部の幹部しか知らなかったんだそうです。

 

その後逮捕された麻原から教団の後継者と指名されるが、

麻原の子供というだけで、後継者扱いされているのが、

気に食わないという事でバッシングされたのだとか。

 

教団内部から責められ、世間からも責められ、

この時三女は、常に死にたいという気持ちがあったんだそうです。

 

16歳になった三女は教団施設を出る。

 

その後、通信制の高校を出て、大学に入学した。

 

麻原の娘と分かると、大学は入学を認めなかった、

しかし裁判を起こして入学したそうです。

そんな時2004年、接見禁止だった麻原と面会する事が出来た、

オウム真理教の一連の事件は麻原が指示したのかを聞きたかったそうです。

 

そして、遂に麻原と面会するのだが、

そこに現れた麻原は以前の面影は無かった。

 

父親い会い、本当に事件に関わっていたのか、

真実を確かめる事により何か自分を変えるきっかけになるのではないかと思い、

麻原と面会したのですが、麻原はすっかりボケてしまって、

奇行を繰り返したそうです。

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全く意思の疎通ができなかった。

面会をする為に現在も月に一回面会に父親に面会をしにいっているのだが、

面会は出来ていないんだそうです。

 

呼びかけても出て来ないのだ。

彼女は今回自分の体験を書き綴る。

本にまとめる事により、その気持ちに変化が現れたという。

 

壮絶な体験をした三女、松本麗華(まつもとりか)は、

あまりにも色々な事が興るので、自分の中で整理がつかず、

ごちゃごちゃになっていたという。

 

今その体験を時系列で文章にする事により、

自分というものを取り戻す作業を行っているのだ。

 

地下鉄サリン事件や、弁護士一家殺害事件、

その前にも、別の場所でサリンを撒いている事件をおこしている。

 

この事件というか、麻原という人間は本当に罪深い人間だと思う。

 

何の罪もない人間を殺害し、

なんの罪もない人を勧誘し洗脳し、

その手先とし、その家族までも不幸のどん底に叩き込んだオウム真理教。

 

麻原の周りには被害者だらけである。

それでは、また!

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事件

Posted by ゼノン