ジュディマリの解散理由とは?TAKUYAやYUKIの現在は?恩田快人も今何してんの?

2019年11月21日

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JUDY AND MARYは人気絶頂の最中解散したバンドです。

 

私はJUDY AND MARYが人気を博した時代には社会人になっていて、

学生ではなかったのだが、当時の女子高生、

女子大生など若い女子に兎に角人気が会ったのを覚えている。

 

今日は解散してしまったJUDY AND MARYの解散した理由と、

メンバーが現在何をしているのかをお伝えしたいと思います。

ジュディマリの解散理由とは?

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JUDY AND MARY結成から解散まで

恩田とYUKIが出会う

JUDY AND MARYは4人編成のバンドです。

 

バンドの結成はリーダーでありベース担当の恩田快人(おんだよしと)と、

ボーカルYUKIの出会いから始まります。

 

1991年6月映画「いつかギラギラする日」の撮影現場で、

 

当時エキストラとして参加していたYUKIと恩田快人は出会う。

 

恩田はジャクスン・ジョーカーというバンドのメンバーだったが、

そのバンドの一員としてこの映画に参加した。

 

この「いつかギラギラする日」は、

出典:goo.gl/rBucBW

仁義なき戦いで有名な深作欣二の監督した作品で、

やっさん(横山やすし)の息子木村一八も出演している映画なのです。

 

この映画の飲み会の場で、

YUKIは恩田にバンドをやりたいけど、

どうやったらいいか分からないと相談をしました。

 

後日YUKIにデモテープを送って貰った恩田は、

YUKIをボーカルにバンドを結成する事を決意します。

 

JUDY AND MARYは恩田快人、YUKI、

藤本泰司(ふじもとたいじ)を中心に結成された。

 

このJUDY AND MARYというバンド名は、

快活でポジティブな女の子ジュディと、

捻(ひね)くれた性格の、

ネガティブな女の子マリーという女の子の二面性を表しているという。



恩田がYUKIの為に作ったバンド

このバンドは恩田快人が作ったバンドであり、

この時恩田はジャクスン・ジョーカーのメンバーであるから、

このJUDY AND MARYはいわば片手間で行なっていた。

 

当初JUDY AND MARYの曲の制作だとか、

ライブとかの費用は恩田快人が全て負担していて、

メンバーに恩田快人がギャラを払っていた。

 

恩田は当初このバンドは期間限定、

YUKIが独り立ちする時の名刺代りになればいいと考えていた。

 

そんなわけで、アルバム発表、ライブ終了後は解散状態になっていたのだが、

解散後恩田快人の中で、

このバンドへの思いが強くなり、

再結成する決意をして再びYUKIに連絡をしたのです。

 

このエピソードからして、

このJUDY AND MARYは恩田快人が全ての決定権を持っていた事が分かります。

 

YUKIにとって恩田快人は恩人と言ってもいい存在ですね。

TAKUYAが加入

その後このバンドにオーディションでTAKUYAが加わった。

出典:goo.gl/bv8cvN

後のJUDY AND MARYの中心メンバーであるTAKUYAは、

オーディションで入った新参者だった。

JUDY AND MARYメジャーデビュー曲

1996年「そばかす」(作詞YUKI 作曲恩田快人)はオリコンチャート1位を記録1、

00万枚を売り上げ、翌年発売したアルバム「THE POWER SOURCE」は、

それまでのバンド史上最高のセールスを叩き出した。

 

その後の活躍はみなさんご存知でしょう。

2001年1月に解散を新聞で発表同年3月8日の東京ドームのライブをもって解散した。

 

JUDY AND MARYの解散の理由

JUDY AND MARYの解散理由は、

元々恩田快人が立ち上げ作ったバンドだったが、

TAKUYAがバンドを乗っ取ったと言われています。

 

1996年10月28日に発売された「クラシック」から、

1998年2月発売の「散歩道」以外のシングル全ての作曲は、

TAKUYAが担当している。

 

恩田が支配していたバンドが、

後から入ってきたTAKUYAの発言力が強くなり、

恩田がないがしろにされだした。

 

TAKUYAは俺が作った曲が売れて金になっているのに、

皆んなと同じ取り分じゃやってられないぜ!

と言い出したと言われています。

 

他のメンバーはTAKUYAのこの発言に、

ドン引きしたのかもしれませんね。

 

TAKUYAも良かれと思っていたのかもしれないが、

あまりにも恩田を軽視する雰囲気になった為、

バンドの生みの親である恩田はジュディマリから脱退する事を表明する。

 

TAKUYAは恩田の事を尊敬していたし、

恩田が作る曲から影響を受けたと発言していて、

自分で恩田の事をライバル視していたのだ。

 

そんなJUDY AND MARYの雰囲気がダルくなったのかは知らないが、

恩田は「じゃあ俺辞めるわ、俺がいなくてもやっていけるだろ?」

と皆んなに対して発言した。

 

TAKUYAは自分の作曲とYUKIが歌えば安泰だと思っていたが、

自分をすくい上げてくれた恩田に恩義を感じるYUKIは、

恩田が脱退するのであれば、解散すると言った。

 

後のインタビューでYUKIは恩田に対して

「私を拾ってくれてどうもありがとう」と涙を流した。

ドラムの五十嵐公太もじゃあ解散で!という事で解散した。

メンバーは今何やってんの?

YUKI

現在ソロとして活躍中、マイペースに音楽活動を行なっている。

40代になった今でもカワイイ!と評判です。

昔から可愛かったのですが、

今はカワイイというより綺麗と言った方がいいのではないでしょうか?

 

奇跡の40代と言われています。

 

現在もそのカリスマ性は健在でYUKIの事が大好きな人は男女問わず多い。

 

プライベートでは、

真心ブラザーズの倉持陽一と結婚して子供三人を出産している。

 

2016年7月にリリースされた、

「ポストに声を投げ入れて」のミュージックビデオです。

 

https://youtu.be/uKLhNnkcbb0

TAKUYA

他のアーティストへの楽曲の提供、

ギター教則アプリの販売、「商店街バンド」というお笑いと音楽、

芝居を融合した新しい試みを展開中、

後は酒飲んでるかゲームしてるかって感じです。

近況はTwitterで確認できます。


アメリカザリガニ久しぶりに見ました。

まだ生きていたんですね。嬉しいです。

恩田快人

JUDY AND MARY解散後はプロデュース、

楽曲提供の傍(かたわら)でいろんなバンドを結成している。

一番最近では、辻仁成がボーカルのZAMZA(ザムザ)というバンドでベースを担当している。

このバンドのドラムはJUDY AND MARYのドラム五十嵐公太です。

五十嵐公太

JUDY AND MARY解散後は、

サポートメンバーやスタジオミュージシャンとして活躍している。

デーモン閣下やガクト、などの作品に参加したり、

様々なバンドに参加している。

 

TAKUYAの商店街バンドにも参加しているし、

恩田快人のバンドにも参加している。

 

JUDY AND MARYの事を振り返っているとバンドっていうのは、

それぞれ違った個性の融合で奇跡を起こせるんだなぁという事と、

その反面、その強い個性から来る考え方の違いから、

お互いにぶつかり合い解散していくんだなという事を感じました。

このバンド復活して欲しい!

と思っている人はかなり多いんじゃないでしょうか。

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