ダイナマイト・キッドの現在、ステロイドの筋肉とカミソリファイトに度肝を抜かれたぜ!

2019年11月21日

ダイナマイトキッド の現在とステロイド

 

ダイナマイト・キッドの現在について語りたいと思います。

結論から先に言いますと、ダイナマイト・キッドはもう引退しています。

ただ、歩行不能になり、車椅子で生活しています。

 

現役時代の無茶が祟ったんですね。

 

従兄弟のデイビーボーイスミスも、

 

若くして亡くなっていますからね。

 

後ほどゆっくりと、キッドの様子を写真付きで語りたいと思います。

 

 

大好きなプロレスラーは?と聞かれたら、

この爆弾小僧ダイナマイトキッドの名を上げる人は多いだろう。

 

1979年に国際プロレスにて日本デビュー。

翌年には新日プロレスへ移籍。

 

175cmという低い身長にあの端正なマスクと盛り上がった筋肉。

 

そして1981年4月23日蔵前国技館。

初代タイガーマスクのデビュー戦の相手がダイナマイト・キッドでした。

 

当時の少年達の誰もが夢中になった初代タイ ガーマスクですが、

同じくらい、いやそれ以上に少年の目を釘付けにしたのが、

ダイナマイト・キッドです。

 

大袈裟でなくこの4月23日の一戦は異次元の革命的 な試合でした。

もちろん私も初代タイガーの大ファンでしたが、

キッド戦だけはキッドに肩入れをしていました。

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ダイナマイトキッドの現在はステロイドで車椅子?

あの初代タイガーをも越える魅力というのは今考えても凄いことです。

少年が夢中になり応援しているうちにキッドは丸坊主になり、

筋肉はますますパンパンになっていきます。

その後キッドはまさに言葉通り電撃的に全日本プロレスへ移籍します。

 

ヘビー級相手に闘うようになるキッド。

この頃には体重はなんと105kgもあったとい います。

175cmの身長にステロイドで無理やり造り上げた105kgの筋肉。

 

この体で毎日のように激しいファイトを繰り広げます。

相手の技を受けきり、

最後はトップロープからの,

ダイビングヘッドパッドで決めるのがキッドのプロレスです。

 

さすがにスーパーヘビー級の中では太刀打ちできない試合もたくさんあります。

体がもつわけがありません。

 

スーパーヘビーの中で堂々と戦う小柄なキッドも大好きでしたが、

私の中での爆弾小僧の全盛期はタイガーなき後の新日Jr.ベビー級時代です。

失礼になりますが、ザ・コブラという新日の失敗を、

キッドとスミスの外国人レスラーが支えていました。

 

デイビーボーイ・スミスも大人気でしたが、やはりキッドあってのスミス。

高速ブレンバスター、ツームストンパイルドライバー、

ダイビングヘッドバッド。

 

どれも一級品です。

 

レスラーにはパワー、スピード、テクニック以上に必要な要素があります。

それは雰囲気・存在感・色気というべきものでしょうか。

 

スタミナこそあまりありませんでしたが、

その他のすべてを持っていた稀有のレスラーがキッドでした。

 

激しくて強くて、なによりもかっこよすぎた現役時代。

 

その雄姿とはあまりりにも対照的な現在の姿が、

なおさら過去の映像を眩しくさせます。

 

デイビーボーイ・スミスの早過ぎる死。

 

キッドをリスペクトしてプロレスラーになった、

ワイルド・ペガサスのあまりにも悲しすぎる最期。

 

そしてキッド本人の現在。キッドとその周囲には栄光と儚さが同居しています。

 

だからこそリアルタイムで観ることのできた我々世代の心には、

今でもあのダイビングヘッドが躍動しています。

 

そうキッドは永遠なのです。

 

1991年12月6日日本武道館、

キッド突然の引退試合…のはずでした。

ところが2年後に復帰。

 

そして1996年10月10日みちのくプロレス両国国技館大会で、

キッド最後の来日。

 

しかしもうそこには、

少年が憧れ熱狂したあのキッ ドの姿はどこにもありませんでした。

 

みちのくプロレスはキッドのこの姿を知っていてオファーを出したのか?

 

と恨みもしました。

 

この試合によって私の中の永遠のキッドが消えてしまったのです。

 

それから5年後にキッドの自伝である、

「PURE DYNAMITE ダイナマイト・キッド自伝」が発売されます。

 

この自伝には真っすぐで激しくて、

そして怖いくらいのプロとしての信条とプロレスへの愛が描かれています。

 

それゆえの薬物摂取と椎間板の大怪我。

 

ついにステロイドの過度な摂取による心臓肥大によって倒れます。

 

ステロイドを止めても蓄積された体 へのダメージはもう手遅れでした。

歩行不能となり車椅子生活。

 

そして何よりもショックなのは覇気のない虚ろな目。

 

ショービジネスの中で、

自らの体を張り続け た男の壮絶な生きざまの代償でした。

 

それでもキッドは言います。

「どのレスラーもグレートだった」。

ダイナマイトキッドVSタイガーマスク

タイガーマスクのライバルとして活躍した事により、

ファンの記憶にインプットされている。

 

タイガーマスクのデビュー戦の相手がダイナマイト・キッド。

タイガーマスクはデビュー戦、お粗末な仮面で現れたが、

そのファイトを見てファンは度肝を抜かれた。

 

2人の戦いは、日本だけではなく、アメリカでも行われていて、

1982年8月30日のニューヨーク、

マディソンスクエアガーデンで行われた試合は、

アメリカの観客も2人の戦いに熱い歓声を送った。

 

2016年にNHKBSプレミアムで放送された番組、

「アナザーストーリーズ 運命の分岐点」では、

介護施設にいたダイナマイト・キッドを取材しているが、

その時キッドはタイガーマスクは最大のライバルだったと絶賛した。

 

元初代タイガーマスクの佐山サトルも当時を振り返り、

キッドを絶賛している。

初代タイガーマスクのブレイクを考えた時、

彼は必要不可欠の人間と語った。

佐山サトルはダイナマイト・キッドのバックドロップをくらって、

一時的に言語障害になって首や足も痛めた事があるが悔いはないとも語っている。

キッドの筋肉と身長

キッドはあまり大きくない体で、ヘビー級の選手達とも試合をしていました。

彼の自伝には172センチと書かれているが、

これは翻訳が間違っているという指摘がある。

 

実際に彼の全盛期に観戦に行ったファンは間近で目撃していて、

180センチには到達していないが、

間違いなく175センチ以上はあったと証言している。

 

なので、正しくは175センチから178センチ位ではないかと思われます。

 

 

キッドは1985年位から、本格的にWWF(現在のWWE)に参戦します。

ステロイドを打つ

いとこのデイビーボーイ・スミスとのタッグチーム、

ブリティッシュ・ブルドッグスとしてリングに上がりますが、

この頃から更に、キッドの筋肉は肥大していきます。

 

ステロイドの影響です。

ダイナマイト・キッドはステロイドについて自伝で語っています。

周囲はキッドにステロイドをやめる様に説得したが、キッドは止めなかった。

 

「俺は50で死んでもいい」と言っていた。

最終的には馬用のステロイドにも手を出した。

 

「1984年頃のステロイドの摂取量は深刻なものとなっていた。

毎日最低6ccのテストステロンを打った」

と語る。

1984年頃というのは、キッドの絶頂期とも言える時代。

新日でタイガーマスクが引退してから、空位となったWWFジュニアをかけて、

ザ・コブラ、デイビーボーイ・スミスと三つ巴の戦いを制して、

キッドがチャンピオンになった時期です。

 

その時の写真がこれです。

出典:goo.gl/myVAeF

ステロイドで、キッドの体重は81キロから111キロまで増量したそうです。

その差30キロ。

ヘビー級に対抗する為ステロイドを打ち続けた。

 

その代償として気分が酷く落ち込む事もあったそうです。

 

そしてもう一枚、

国際プロレス時代のキッドの写真。

1979年のダイナマイ・トキッド です。

上の写真の5年前ですね。

全然違いますね。

 

キッドだけではなく、

いとこのスミスもステロイドを使って、

筋肉を大きくしていました。

 

ステロイドを使うと、容易に筋肉を大きくする事ができるのです。

しかし、ステロイドを使った人間には、

悲惨な末路が待っているのです。

 

キッドの悲惨な状態は先に説明しましたが、いとこのスミスは、

39歳の若さで亡くなっています。

キッドの引退試合

ダイナマイトキッドは、1991年全日本プロレス、

世界最強タッグリーグの最終戦、ダイナマイト・キッド、

ジョニー・スミス組VSジョニー・エース、

サニー・ビーチ組の試合で引退を表明しました。

 

試合の後ジャンボ鶴田選手や、

三沢光晴選手など全日の選手達がリングに現れ、

キッドを労いました。

 

しかし、1993年7月に復帰し、

みちのくプロレスに1996年10月に来日しましたが、

そこにはかつてのキッドはいませんでした。

ライバルだった、タイガーマスク、佐山サトルは、

キッドに対してこの様な言葉を残しています。

 

「戦士の姿を終えた姿というのか、

やり尽くした様な、よくぞここまでなってでも、やったな」

 

 

伝説のレスラー、ダイナマイト・キッドについてでした。

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