伝説の愚連隊、万年東一がかっこよ過ぎる。愚連隊の神と呼ばれた男

2019年11月20日

愚連隊とは最近聞く事は殆どないが、

昔からある言葉でヤクザではないアウトローの事を指す。

 

今日は愚連隊の中でも、伝説的な男、愚連隊の神様とまで言われた、

万年東一について書きたいと思います。

 

今ヤクザじゃないワルを世間一般半グレなどと言いますが。

画像:goo.gl/7dQmJG

そんな反社会的な組織とは全く違う、

独特な美学とダンディズムを兼ね備えた人物で、

敵も多かったが、たくさんの男達を魅了して、

その配下に錚々たるメンバーを従えた。

 

アウトローの世界では有名な、

ヤクザを引退してから役者になった安藤昇や、

新宿の帝王と呼ばれた可能貢もこの万年の子分筋に当たる。

 

そんな不良少年達憧れの的だったのが万年東一である。

安藤昇についてはこちらの記事で、

安藤昇伝説、花形敬も従った愚連隊の王者、この人凄過ぎ!

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万年東一最強愚連隊伝説

喧嘩しまくり、勝ちまくり

万年東一は明治41年に山形県で生まれた、

その後一家は東京に引っ越してきた。

 

元々は良家の出で勉強もできたが、

喧嘩の腕がめっぽう強く、そして大の喧嘩好き。

 

自宅から新宿に出るまで、

目があった不良と喧嘩になるが、

その全てを叩きのめした。

 

やがて、東京中の不良を全て倒して、

その名は東京中に響き渡った。

 

この人は異常とも思える程の喧嘩好き、

一日に10人の別の人間と喧嘩をして、

全員ブチのめしていたのだから、

凄いというより一種の病気とも言えるかもしれない。

ヤクザは嫌い、ヤクザにならず用心棒

そんな向かうとろこ敵なしの万年東一だったから、

当然ヤクザへのお誘いもあったのだが、全て断った。

 

「ヤクザは汚い」というのが万年東一の言い分で、

喧嘩はその場でシロクロつけるもの、

ヤクザはやられたら、道具を持ってやり返す、

メンツだ金だとややこしい、

本当に強い奴はそんな細かい事気にしねーよと。

 

まさに豪傑といった感じの人だった。

 

実際小金井一家の総長から、

跡目にしたいと言われたが、

あっさりと断っている。

 

仕方なく別の人物を跡目に付けたが、

その人の用心棒ならと、万年東一は協力した。

映画にもなった「爆弾マッチ」との戦い

当時新宿の新興勢力だった、

山崎松男(爆弾マッチ)と喧嘩になった。

 

マッチは小金井一家に対して、

賭場の開帳をようきゅうした。

 

マッチとの対決を決断した万年東一は、

爆弾マッチの左手首を切り落とした。

(実際に切り落としたのは、舎弟の斎藤光也)

その後、事件の責任を負って舎弟たちと、

警察へ自首した万年達。

 

万年の出所後、料亭で宴が模様されたが、

なんとそこに爆弾マッチが殴り込みをかける。

 

マッチは単身拳銃をたずさえて殴り込みを大胆にもかけた。

 

結果的には、お互い殺しあう事なく互いの根性を認め合い、

後日万年とマッチは和解している。

金に執着は全くない

万年東一は愚連隊の頭目であったが、

全く金には執着しておらず、

殆ど金は持っていなかった。

 

当然暴力世界では、ある程度の地位にいた万年だから、

その力を金に変える事など容易な事だが、

一切そんな事はしなかった。

 

決まった事務所も持っておらず、

喫茶店を事務所がわりに使っていたそうだ。

 

自分をたよって来た者を大切にあつかって、

自分も金に困っているのに、

金を渡したりしていた。

 

そのため財布にはいつも数万円しか入っていなかったという。

 

このエピソードは、

作家の宮崎学さんが万年東一と交流があり、

金に困っていた宮崎さんは、

万年の借金の取り立てに行って、

300万取り立てた、

 

万年は30万だけ受け取って、

後は宮崎さんに渡したんだという。

 

こんなに要らないと、万年に言うが、

万年は受け取らなかった。

 

このエピソードを知って、

これが任侠道ではないか?と私は思った。

 

任侠道とは、自分の事はおいといて、

困っている人、弱い人を助けるのが任侠の精神なのだ。

 

最後に万年東一の名言を、

ツイッターでつぶやいていたからそれを紹介する。

「損を平気でできるのが任侠で、できないのが普通の男だ。平気で損ができるなら、八百屋の親父でも、タクシーの運転手でも任侠だし、できなければ、そんな野郎は、たとえ組長でも任侠じゃない」万年東一

 

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