宇梶剛士の若い頃の武勇伝<リアルラオウ>喧嘩最強伝説

宇梶剛士の若い頃の武勇伝

芸能人喧嘩最強で必ず名前が出てくる宇梶剛士。

 

彼が若い頃、暴走族の総長であったのは有名な話で、

同じ元暴走族だったタレントのヒロミや不良だったSMAPの中居正広も、

当時は有名でとても怖かったと証言している。

 

宇梶剛士については、

エピソードなど結構出尽くしている感はありますが、

それを含めて紹介したいと思います。

ちょっと、その前に簡単に宇梶剛士のプロフィールも紹介しておきます。

身長190センチとアイヌの血

宇梶剛士

1962年8月15日生まれ

身長190㎝

血液型B型

出生時は体重が5000グラムあった。

 

母親は詩人、絵本作家の宇梶静江でアイヌの解放運動家で、

宇梶剛士は、17歳の頃、自分のルーツに関心があり、

叔父を頼って北海道で一時期暮らした事がある。

それ以外では、

出典:goo.gl/YUxWnJ

小学生時代広島にも住んでいた事もあり、

その時の後輩に吉川晃司と竹原慎二がいる。

 

吉川晃司も数々の武勇伝を持つ男として知られているし、

竹原慎二も元ボクシングミドル級世界チャンピオンという、

とんでもなく強い男です。

 

凄いスリーショットですね。

 

宇梶は生まれた時から、体が大きく、喧嘩しても必ず勝った為、

自分から手を出さない、弱い者はいじめない。

 

喧嘩するなら、上級生と決めていたそうです。

 

硬派な番長と言った感じですね。

 

吉川晃司の武勇伝に関してはこちらで詳しく書いています。

吉川晃司武勇伝、前田日明とも殴り合った事がある芸能人最強説

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宇梶剛士喧嘩最強伝説のエピソード

中1で身長180越え喧嘩をしてもイジメにしか見えない

とにかく喧嘩が強く、戦えば必ず勝ってしまう為、

相手に喧嘩を売られて、相手が手を出してきても、

周りから見たら宇梶がいじめている様にしか見られない。

 

相手が悪いのに、勝ってしまうもんだから、

自分が悪くなってしまう。

子供の頃は喧嘩は勝ったら損するんなんだと思ったという。

小6で中学生23人に勝利

宇梶剛士の喧嘩伝説はここから始まったというエピソード、

そのスタートは、なんと小学校6年生の時、

この時宇梶剛士をシメに来たのが中学生23人、

宇梶はタイマンでこれを撃破した。

 

しかし、宇梶が中学に上がってから、

この23人に袋叩きにされた。

 

いくら宇梶が強いからと言っても多勢に無勢やられてしまった。

この件で上級生だった3年生は、

一人に対して大勢でかかるとは何事だと怒り、

正座をさせて説教した。

 

この様子を見た宇梶は中学生の不良のルールの様な物をこの時学んだとの事。

ブラックエンペラー加入初日にトップをやりに行った

高校時代は野球をやっていて、

プロのスカウトが見にくるくらい将来を期待されていたが、

友人と暴力沙汰をおこし、逮捕されてしまう。

 

その後鑑別所に入り、

出所してから高校を辞めてしまう。

 

そして、暴走族ブラックエンペラーに加入して喧嘩の日々を送るのだが、

暴走族に加入した初日から単身で本部に乗り込んで、

総長の座を奪おうとした。

 

これは宇梶が自分の戦闘力に絶対の自信を持っていた事のあらわれ、

宇梶自身も全員自分一人で倒す事が出来ると思っていたと語っている。

しかし、これは当時の総長になだめられて未遂に終わる。

 

その後宇梶の強さは、関東中に響き渡り、

その後その総長が引退する時に、

満場一致で新しい総長の座についた。

優しいが切れると怖い

宇梶は自分から手をだす事がなく、

基本優しい性格でまわりから、慕われていた。

 

しかし、キレると、とんでもなく凶暴になるという、

決して怒らせてはいけない人物なのだ。

 

自分は強いという事が分かっていた為、

できるだけ話合いで解決する事を望んでいて、

喧嘩に勝つと相手を正座させて説教していたという。

 

このエピソードも結構有名、

車の免許を取るために教習所に通っていたのだが、

そこにいた馬鹿な不良達数名が運転が下手だと宇梶をからかい、

乗ってきていたバイクにあろうことか、ツバを吐いた。

 

当然この命知らずの不良たちは一瞬で宇梶にボコボコにされた、

そして宇梶はその不良達のグループのトップのところに案内させ、

そのグループのトップもボコボコにした。

 

宇梶はそのまま、バイクを取り上げ、

教習所の送り迎えを不良達にさせていたというマンガみたいな話。

 

宇梶は相手が卑怯な手を使ってきたりすると、

そこは容赦なくボコボコにした。

 

喧嘩も相手によっては、死ぬ直前まで徹底的にやった。

 

暴走族時代のエピソードとしては、

1人で1000人の暴走族に突っ込んで、

打ち負かした話や、

喧嘩した相手を湖に投げ込んだ話、

 

喧嘩の相手の顔面をエンジンで焼いたとか、

日本刀を持ったヤクザにも、一歩も引かなかったなど、伝説が残る。

 

そんな宇梶が総長をつとめる暴走族は2000人にも人数が膨らんだ。



関東連合と関係あるの?

関東連合とはいくつかの暴走族の集合体、

宇梶剛士が加入していたブラックエンペラーも関東連合。

 

ただし、半グレと呼ばれ、市川海老蔵の暴行事件や、

朝青龍などの事件と関わりのある関東連合とは全くの別物。

 

ブラックエンペラーの専用サイトには、

宇梶以降のブラックエンペラーの総長の名前はない。

若い頃の画像や写真

ネット上には宇梶剛士の若い頃の写真が数枚転がっている。

出典:goo.gl/PmfTa8

これはカッコいい。

男前です。

宇梶唯一の敗北

当時対立していた暴走族チームのトップから、

休戦協定を持ちかけられた。

 

その休戦に応じるべく、

宇梶は交渉に数人の手下を連れて向かった。

 

トップどうしの話し合いが始まったのだが、

 

実はこれはワナだった。

 

相手チームのメンバーがいきなり、

日本刀で宇梶の背中を切りつけた。

 

さすがに、背後から斬りつけられては、

宇梶もたまったもんじゃない。

 

宇梶の特攻服はすぐに真っ赤な血に染まった。

 

その後は100人がかりで宇梶をボコボコにした。

 

当時宇梶は17歳で、相手のチームの首領は20代だった。

 

怒り狂って復讐を誓う宇梶だったが、

前の代の総長や幹部達になだめられて、

相手のトップが詫びを入れ全面戦争にはならなかった。

以上が宇梶剛士の喧嘩伝説です。

菅原文太さんの弟子になる

その後の活躍はみなさんご存知のとおりで、

その後逮捕され、少年院に入った宇梶さんは、

チャプリンの伝記を読んで俳優を目指す事を決める。

 

最初は錦野旦さんの付き人をしていたが、

たまたま訪れた芸能事務所で菅原文太さんから声をかけられる。

「お前何者だ?歌い手か?」

 

宇梶剛士は俳優を目指しているが、

どうやったら俳優になれるか分からないから、

とりあえず錦野旦の所で手伝いをしていると答えた。

 

宇梶さんを気に入った菅原文太さんは錦野旦にその場で電話を入れ、

自分の付き人にして、

役者の道に入るきっかけを作ってくれたそうです。

「おたくのでかいの貰っていいか?」と錦野旦に断りを入れた。

 

その場で菅原文太さんが、

面倒を見る事が決まったそうです。

 

菅原文太さんが亡くなった時もコメントをしておられました。

 

今では、ドラマにもよく出てきて、

迫力のある演技をみせてくれたり、

コマーシャルではコミカルな演技を見せたりと大活躍です。

 

これらの情報はすでにネットなどで出回っている情報の為、

宇梶剛士ファンの方には、今更的な情報ではありますが、

紹介させていただきました。

では!

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