前田日明と高田延彦は何故不仲に?前田さんごめんなさい

前田日明と高田延彦は不仲なのか?

前田日明の盟友と言えば、

昔からのプロレスファンにとっては、

新日本プロレス時代からUWF時代と、

行動を共にした高田延彦です。

 

高田延彦と言えば、

現在タレントでテレビでもよく見かけますね。

 

元プロレスラーで一番芸能界で成功した人という印象を受けますね。

 

そんな前田日明と高田延彦は、

同じ団体で盟友として活躍していたが、

不仲で今では交流はないそうです。

 

何故そんな事になったのか。

 

かつては兄弟の様な間柄だった二人、

UWF時代は、前田、高田、山崎という三本柱で頑張っていましたが、

別々の道を歩みました。

 

という事で、

今日は前田日明と高田延彦がどうして不仲になったのか?

という事をお伝えします。

スポンサードリンク

スポンサーリンク

前田日明と高田延彦は何故不仲になったのか?

前田日明と高田延彦の違い

まず、前田日明と高田延彦が、

プロレス界でどの様な動きをしたかという事を確認しますと、

 

前田                                 高田

↓                                  ↓

新日本プロレス             新日本プロレス

↓                                  ↓

UWF                                     UWF

↓                                          ↓

リングス      UWFインターナショナル

↓                                          ↓

引退          PRIDE ヒクソンに負け 数試合して引退

 

新日本プロレスからUWFまでは同じなんですけど、

UWFからは、前田日明はリングスに、

そして高田延彦はUWFインターナショナルに所属が変わっていますね。

 

どうやら、ここが二人の決別のポイントという事になっています。

 

実は、高田が前田日明に対して言及する事はありませんが、

前田日明は雑誌のインタビューなどで高田について語っています。

出典:goo.gl/2iGgfM

前田の高田と決別した理由

結論を先に書きますと。

 

前田日明のインタビュー記事や対談イベントなどを紐解いていきますと、

 

UWF解散前から、

UWFインターの立ち上げは決まっていた。

(高田のクーデター説)

 

からの、

自分が戦うはずだったヒクソンとの試合をPRIDEに取られた。

 

これが決定的となり、

絶縁状態になったと思われます。

 

※このUWFインターの立ち上げが決まっていたというのは、

前田日明が思っている事であって、

実際のところどうだったかは、分かりません。

 

UWFの解散が決まってから3つに分かれたというのが認識だったのですが、

前田はそうではないと言っています。

 

UWFインターの立ち上げにかかわった人に、

前田が話を聞く機会があったのですが、

どうしても時系列で整理していくと、

辻褄が合わないと思っているとの事です。

 

また、藤原喜明との対談時「人生で一番辛かった事は?」という質問に対して、

前田はUWFの解散をあげていて、

UWFインターの立ち上げのタイミングに言及しています。

(スポンサーリンク)




前田と高田のトラブルの数々

前田はある媒体で、

高田との関係修復について尋ねられた時、こう答えている。

 

「自分は人間関係で相手がおかしな事をしても、

3回までは我慢する様にしているけど、

高田はそれを軽く超えている、謝罪もない」と。

 

そして、先ほどの結論で書いた内容を喋っています。

 

ただし、インタビューにも、

ネット上にも無い事が二人の間にはあったかもしれませんが、

それ以上は分かりません(笑)

 

色々あった中で決定的になったのは、

これじゃないか?という事で結論とさせていただきました。

前田のインタビューで語られた事と有名な高田関連トラブル

■UWF解散前から、UWFインターの立ち上げは決まっていた。(前田談)

当時、前田と高田が所属していたUWFは大人気のプロレス団体だったが、

フロントの不正な経理に不信感を持った前田日明はフロントを批判、

前田は出場停止になり試合が出来なくなる。

 

前田は新しい団体設立の為に、奔走していた。

 

高田は、お金を作ったり、団体の立ち上げなどには力が及ばないから、

道場をまとめときますから、

安心して奔走して下さいという意味の事を言った。

 

しかし、かなり後に、色々関係者に話を聞くと、

その前田が奔走していた時期からUWFインターの設立に高田は動いていて、

UWFインターの会社の登記や旗揚げ戦(後楽園ホール)を押さえるなど、

UWF解散前から動いていないと実質不可能である事を知った。

 

■UWFインターは前田日明の事を過去の人と舐めた発言をした。(安生が発言)

UWFインターの安生洋二は、

前田日明のリングスと高田のUWFインターとの対抗戦の交渉時期に、

マスコミに対して、前田日明は過去の人、

高田さんが出るまでもない、自分がやったら、200%勝てると発言した。

 

安生は元前田の付き人。

■その安生が前田引退後不意打ちで前田を殴り倒した。(高田は安生を批判)

UFC-Jの会場で、安生は後ろから前田に近づき、

不意打ちで顎にパンチをくらわせた。

前田はその場に倒れて失神した。

 

■PRIDE.1でヒクソンに高田が敗北、

前田は「どうするんだ?」と高田に聞くと、

高田は先の事はわかりません、

引退するかもしれませんと前田に言っていた。

 

前田はじゃあ俺がヒクソンとやろうという事で、

前田がヒクソンと試合する為に交渉をし、

殆ど話が決まっていたが、直前でPRIDEが高田との第2戦を発表した。

 

ヒクソン戦をさらわれた。

前田は試合を放送する予定だったWOWOWに謝りに行った(前田談)

 

■前田が所属するリングスが連れて来た外人選手を、

PRIDEに多数引き抜かれた。

 

前田はPRIDE崩壊時にざまあみろと言った。

などなど、二人には色々因縁がある様です。

話をおさらいすると

1998年(平成10年)に二人は対談しています。

 

高田がヒクソンに敗れた、

PRIDE.1が1997年(平成9年)です、

ヒクソン戦の翌年に対談で仲良く話しています。

 

この時久しぶりに会って直接話した。

 

対談は終始和やかで、二人は再会を喜んだ。

 

そして、同じ年の1998年8月に行われた、

山本喧一のジム開きのパーティーにも仲良く出ています。

 

この時点までは二人の仲は悪くなかったのです。

が、ここから交流が無くなります。

 

そして、同じ年のPRIDE.4(10月11日)で高田はヒクソンと再戦しますが、

敗れてしまいます。

 

なので、仲が悪くなったのは、

1998年の8月以降にUWFインターの立ち上げに不信感を持ち、

そして10月の高田とヒクソンの再戦で決定的になったと思われます。

 

前田は翌年の1999年2月22日アレクサンダー・カレリンと戦い引退した。

 

そして同じ年の11月に安生洋二から、

不意打ちのパンチを受ける襲撃を受ける。

 

という流れになります。

最後に

という事で、今日は前田日明と高田延彦について書きましたが、

もう一度この二人のツーショットを見てみたいですね。

 

我々の世代のプロレス好き、格闘技好きにとって、

前田と高田というのは、まさにカリスマ、ヒーローだったのです。

 

事実は分かりませんが前田日明は、UWFインター立ち上げは、

UWF解散前から密かに動いていたクーデターだと思っている様です。

 

この二人が再び手を組めば、

低迷している日本の格闘技の世界も、

また盛り返すんじゃないか?

なんて思ってしまいますので仲直りして欲しいですね。

(スポンサーリンク)




関連記事

関連記事:前田日明伝説-武勇伝やトラブルがやばい!!カリスマ伝説

関連動画:プロレス伝説の一戦(14試合)猪木、鶴田、天龍、前田、藤波、キッドなど

関連記事:赤井英和VS前田日明喧嘩最強伝説!2人のエピソードは嘘?

関連記事:前田日明対アンドレの真相は?黒幕は猪木か坂口なのか?はたまた・・

関連記事:吉川晃司武勇伝、前田日明とも殴り合った事がある芸能人最強説