メジャーリーグ日本人で失敗した選手20人

野茂英雄の挑戦から始まった日本人のメジャーリーグへの挑戦。

今日はメジャーリーグに挑戦したが、失敗したと言われている選手を紹介します。

 

最近メジャーリーグの話題で毎年盛り上がります。

しかし、その陰にはメジャーの厚い壁に阻まれ、

成功を収める事が出来なかった選手もいるのです。

 

メジャーリーグに挑戦して、

残念ながら思ったほど活躍出来なかった選手20人を紹介します。

 

このブログを執筆している2018年の2月現在で、

メジャーリーグに行ったプロ野球選手は60人ちょっといるのですが、

その内の約20人が活躍できずにメジャーリーグを去りました。

 

才能のある野球選手だったとしても、

メジャーリーグで成功するというのは大変な事なんですね。

 

メジャーリーグでも成功している選手って、

どんだけ凄いねんと思ってしまいますね。

 

という事で、

今日は残念ながらメジャーリーグで活躍出来なかった選手を紹介します。

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メジャーリーグで失敗してしまった日本人選手

木田優夫(きだまさお)

守備 投手

メジャー球団 デトロイトタイガース ロサンゼルスドジャース シアトル・マリナーズ

初年度契約 2年 300万ドル

日本人では八人目となるメジャーリーガー。FA権を行使して移籍した。

メジャーにいた期間 通算5年

メジャーでの最後 自由契約

成績 65試合 1勝1敗1セーブ 防御率5.83

在籍したチーム

巨人→オリックス→デトロイトタイガース→オリックス→ロサンゼルスドジャース→シアトル・マリナーズ→ヤクルト→日本ハム

選手としての特徴

長身から投げ下ろす早いストレート、フォークが武器

メジャーリーグ日本人8人目の選手、

在籍したチームを見ると分かるのですが、

かなりの数の球団を渡り歩いています。

 

巨人からオリックスに移籍した後メジャーに行っていますが、

またオリックスに帰ってきて、

オリックスを自由契約になってまたメジャーに行く、

ドジャース、マリナーズと渡り歩いたのですが、

活躍する事が出来ませんでした。

 

木田が最も活躍したのが、

メジャー1年目です。

 

メジャー通算65試合出場なのですが、

その内49試合が1年目です。

 

1年目以降あまり試合に出ていないという事です。

 

故障もありましたが、

不運な交通事故にも合い満身創痍の状態で戦っていたのです。

新庄剛志(しんじょうつよし)

守備 外野手

メジャー球団 ニューヨークメッツ サンフランシスコジャイアンツ

初年度契約 契約金30万ドル 年棒20万ドル(メジャー最低保障額)+出来高払い50万ドル  3年契約

FA権を行使して移籍した。

メジャーにいた期間 3年

メジャーでの最後 マイナー落ち

成績 876打数 215安打 打率2割4分5厘 100打点 20本塁打

在籍したチーム

阪神→ニューヨークメッツ→サンフランシスコジャイアンツ→ニューヨークメッツ→日本ハム



メジャーに在籍した期間が3年と短いのでノミネート、

しかし、日本人で初めてワールドシリーズに出場してヒットを打ったり、

1年目はホームランを二桁打ったり、

阪神にいた頃と余り変わらない活躍をしていて、

存在感を示している。

それ程酷い感じはしないのが感想です。

 

メッツに復帰してからは、左太ももの故障もあり、

試合に出場する事が出来なかった。

 

また、自分より若手にチャンスを与えて欲しいなどと、

発言しチームや監督とも、

余り上手くいっていなかったとも言われる。

 

新庄の凄いところは、日本のプロ野球に復帰して、

また活躍した事、

日本ハムでのパフォーマンスは人々を魅了しましたね。

小宮山悟(こみやまさとる)

守備 投手

メジャー球団 ニューヨークメッツ

初年度契約 1年契約 50万ドル

FA権を行使して移籍した。

メジャーにいた期間 1年

メジャーでの最後 シーズン終了後メジャーから声がかからず

成績 25試合 0勝 3敗 防御率5.61

在籍したチーム

ロッテ→横浜→ニューヨークメッツ→ロッテ

選手としての特徴

ストレートは速くないが多彩な球種を使い分ける、制球力が高い

投げる精密機械と言われる小宮山悟、

意外な事にメジャーでプレーしたのは、

たったの1年だったのです。

 

この結果に対して、

小宮山悟自身はハングリーさに欠けていたと反省しています。

 

メジャーに移籍するまでに、

ロッテで戦力外通告されたり苦労してきた小宮山、

メッツに移籍した時、

これは自分に与えられたご褒美だととらえ、

アメリカでの生活を楽しんだ。

 

「まるで、観光に来ている気分でいた」

とその時の心境を語っている。

 

小宮山悟のイメージと全く真逆な精神状態だったのだそうです。

当然その精神状態は試合にも影響が出て、

結局1勝も上げられないままに解雇となった。

野村貴仁(のむらたかひと)

守備 投手

メジャー球団 ミルウォーキーブルワーズ

入団テストを受けた

メジャーにいた期間 1年

メジャーでの最後 シーズンオフに解雇

成績 21試合 0勝0敗2ホールド 防御率8.56

在籍したチーム

オリックス巨人→ミルウォーキーブルワーズ→日本ハム→米迪亜ティー・レックス(台湾)

清原の元チームメイトとして、

清原が逮捕された時によくワイドショーなどに出て来ていたので、

印象に残っている方も多いのではないでしょうか。

 

オリックス時代の野村は、

自身の成績と年棒が見合ってないと球団と揉めていました。

 

また薬物などを使っているなどの噂があり、

球団から嫌われる存在だったのではないか?と言われています。

 

野村はメジャーでは1勝も上げる事はできませんでしたが、

21試合に登板しています。

 

実力がなければ、

メジャーのマウンドに上がる事など不可能です。

 

結果は残せませんでしたが、

その後も日本、台湾のプロ野球と渡り歩きました。

松井稼頭央(まついかずお)

守備 内野手

初年度契約 3年2010万ドル+出来高

FA権を行使して移籍した。

メジャー球団 ニューヨークメッツ

メジャーにいた期間 7年

メジャーでの最後 解雇

成績 2032打数 615安打 32本塁打 打点211 打率2割6分7厘

在籍したチーム

西武→ニューヨークメッツ→ コロラドロッキーズ→ヒューストンアストロズ→楽天→西武

 

日本での活躍が凄すぎて、

メジャーでの活躍が物足りないと思っている人が多い為ノミネート、

 

打率3割、ホームラン36本、打点87、盗塁33のトリプルスリーを達成したり、

10年間でベストナイン7回など日本球界最強のショートと言われて、

メジャーでも大活躍するだろうと期待されていましたが、

期待ほどの活躍が出来なかった。

 

強いと言われていた肩も、

メジャーでは平均レベルと言われ、

セカンドでの出場となった。

 

しかし、2007年打率2割8分8厘、

ホームラン4本、打点37、盗塁32という立派な成績を残し、

ワールドシリーズにも出場しました。

藪恵壹(やぶけいいち)

守備 投手

在籍したメジャー球団 オークランド・アスレチックス サンフランシスコ・ジャイアンツ

FA権を行使し移籍

契約 年俸75万ドル

メジャーにいた期間 2年

メジャーでの最後 戦力外通告

メジャーでの成績 7勝6敗 1セーブ 10ホールド 防御率4.00

在籍した事のあるチーム 阪神→オークランド・アスレチックス→ティファナ・ポトロス(メキシカンリーグ)→サンフランシスコ・ジャイアンツ→楽天

阪神の暗黒時代をエースとして支えた藪恵壹、

2004年にFA権を取得して2005年にオークランド・アスレチックスと契約します。

 

中継ぎとして4勝を挙げますが、防御率が4点半ばという事で、

この年のシーズンが終わってアスレチックスを自由契約となります。

 

翌年コロラド・ロッキーズと契約しますが同じ年の3月31日に退団、

フリーエージェントとなる。

 

その後、メキシカンリーグ、そして無所属の1年間を過ごし、

そこからサンフランシスコ・ジャイアンツに入団、

中継ぎとして3勝を挙げるが翌年残念ながら解雇されてしまった。

中村紀洋(なかむらのりひろ)

守備 内野手

在籍したメジャー球団 ロサンゼルス・ドジャース

ポスティング

初年度契約 1年50万ドル マイナー契約

メジャーにいた期間 1年

メジャーでの最後 AAA級のシーズン終了後に獲得を希望する球団が無かった為帰国

メジャーでの成績 39打数 5安打 ホームラン0  打率1割2分8厘

在籍した事のあるチーム ロサンゼルス・ドジャース

日本での活躍

日本を代表するスラッガー、5年連続30本塁打、2年連続40本塁打を達成した選手

ドジャースに移籍したのは2005年だったが、

実は2002年にメジャーに移籍すると発表された事もある。

 

ニューヨーク・メッツと2年700万ドルで契約合意したと報じられた。

この内容がメッツのホームページで発表されると、

「守秘義務違反」だとして中村はメッツに激怒、

近鉄に残留した。

 

中村はその後怪我、でアメリカに行くのですが、

メジャー契約を勝ち取る事ができずに、

ロサンゼルス・ドジャースとマイナー契約を結びアメリカへ。

4月にメジャーに昇格したのですが、

試合に出れたのは、たったの17試合のみ、

ホームランは0本と全く活躍できずに終わった。

 

怪我する前にメッツに行っていたら、

彼の人生は大きく変わっていたのでは?と言われている。

井川慶(いがわけい)

守備 投手

在籍したメジャー球団 ニューヨーク・ヤンキース

ポスティング

初年度契約  5年2000万ドル+出来高

メジャーにいた期間 2年

メジャーでの最後 メジャーに昇格できずマイナーで終わる

メジャーでの成績 2勝 4敗 防御率6.66

在籍した事のあるチーム  阪神→ニューヨーク・ヤンキース→オリックス

アメリカに渡って5年間をほとんどマイナーリーグで過ごした井川、

メジャーで投げたのは、最初の2年のみ、

その2年間もマイナーとメジャーを行ったり来たりしていた。

 

ヤンキースのGMブライアン・キャッシュマンも、

井川の獲得は失敗だったと語ったといいます。

 

井川の球は威力はあるが、

制球力がないと言われています。

 

甘く入った球をメジャーのバッターは見逃さないと、

しかし、井川の事を評価する球団やファンも実はいました。

 

ヤンキース以外の球団だったらもっと活躍できたと、

実際にサンディエゴ・パドレスが井川の年棒を全て引き継ぐとして、

トレードの打診があったのは事実です。

 

井川がメジャーで活躍出来なかったのは、

スター選手を多く抱えるヤンキースが贅沢税を抑える為、

井川を昇格させなかったのも要因という意見もあるのですがどうでしょう?

薮田安彦(やぶたやすひこ)

守備 投手

在籍したメジャー球団 カンザスシティ・ロイヤルズ

FA権を行使し移籍

初年度契約  2年600万ドル

メジャーにいた期間 2年

メジャーでの最後 自由契約となり日本へ

メジャーでの成績 3勝 4敗 防御率7.14

在籍した事のあるチーム  ロッテ→カンザスシティ・ロイヤルズ→ロッテ

ロッテの中継ぎとして活躍した薮田安彦、

メジャー移籍の前年には最優秀中継投手賞を受賞するなど、

高い評価を受けていました。

 

しかし、メジャーで全く活躍する事ができませんでした。

1年目、31試合に登板して1勝3敗0ホールド0セーブ、

防御率4.78、2年目は12試合に登板して2勝1敗、

防御率13.50という酷い成績に終わりました。

 

薮田はアメリカのマウンドの固さに悩まされていたという、

その為制球が定まらず思った球を投げる事が出来なかったと、

インタビューで語った事もあります。

 

メジャー時代の最高球速は152キロ。

小林雅英(こばやしまさひで)

守備 投手

在籍したメジャー球団 クリーブランド・インディアンス

FA権を行使し移籍

契約 2年625万ドル

メジャーにいた期間 2年

メジャーでの最後 契約解除

メジャーでの成績 4勝 5敗 6セーブ 2ホールド 防御率5.10

在籍した事のあるチーム  ロッテ→クリーブランド・インディアンス→巨人→オリックス

ロッテのクローザーとして活躍した後メジャーに行った小林、

 

1年目はメジャーから降格する事なく、

57試合に登板し、4勝5敗6セーブ2ホールド、

防御率4.53の成績だったが、2年目は大きく調子を崩した、

10試合に登板するも防御率8.38、3Aに降格した。

 

降格後はメジャー復帰に向けて調整を行なっていたが、

インディアンスは小林との契約を解除した。

 

その後メジャー球団からのオファーは来ず、日本に帰国した。

福盛和男(ふくもりかずお)

守備 投手

在籍したメジャー球団 テキサス・レンジャーズ

FA権を行使し移籍

契約 2年300万ドル

メジャーにいた期間 1年

メジャーでの最後 解雇

メジャーでの成績 4登板 0勝0敗 0セーブ 防御率20.25

在籍した事のあるチーム 横浜 近鉄 楽天 テキサス・レンジャーズ 楽天

福盛がメジャーで通用しない事をすでに野村克也は予言していた。

 

フォークとストレートしかない選手だから・・

野球ファンも「福盛はメジャークラスの選手じゃない」などと、

メジャー移籍前から噂があった。

 

オープン戦は防御率0.00でレンジャーズの首脳陣から評価を受けた。

しかし、シーズンが始まると開幕戦でいきなり炎上、

3試合目でも再び炎上しマイナーに降格する。

 

その後メジャーに復帰するが結果が出せず、

再びマイナーに、そしてついに、

メジャーに出場する為に登録される40人枠からも外された。

 

マイナーでも1勝6敗1セーブ 防御率5.48、

椎間板ヘルニアの手術を受け故障者リストに、そのまま解雇された。

福留孝介(ふくどめこうすけ)

守備 外野手

在籍したメジャー球団 シカゴ・カブス クリーブランド・インディアンス シカゴ・ホワイトソックス

FA権を行使し移籍

契約 4年4800万ドル

メジャーにいた期間 5年

メジャーでの最後 解雇

メジャーでの成績 1929打数 498安打 42本塁打 打率2割5分8輪

在籍した事のあるチーム

中日→シカゴ・カブス→クリーブランド・インディアンス→シカゴ・ホワイトソックス→阪神

カブスと4年53億円の大型契約を交わした福留、

カブスにいた時は、毎シーズン4月までは調子がいいが、

4月以降成績が必ず下降する。

 

高い年棒に見合った活躍が出来ないため、

福留が登場すると大きなブーイングが起こった。

 

監督からも「福留を使う意味がない」とまで言われた。

カブスからクリーブランド・インディアンスにトレードで移籍するが、

インディアンスでも目立った活躍は出来なかった。

 

その後ホワイトソックスと契約するも、

打率.171と低迷し解雇、

ヤンキースとマイナー契約するがそこでも結果が出ずに解雇された。

川上憲伸(かわかみけんしん)

守備 投手

在籍したメジャー球団 アトランタ・ブレーブス

FA権を行使し移籍

契約 3年2300万ドル

メジャーにいた期間 2年

メジャーでの最後 契約解除

メジャーでの成績 50試合 先発41 8勝 22敗 1セーブ 防御率4.32

在籍した事のあるチーム 中日→アトランタ・ブレーブス→中日

メジャー1年目は、中継ぎに配置転換するまで先発ローテーションを守り、

1年目の成績は7勝12敗1セーブ、防御率3.86。

 

味方の援護に恵まれず負ける事が多かった。

 

更に試練が続き、翌年も援護に恵まれず、

先発ローテーション入りするが、

開幕から9連敗というチームのワースト記録を作った。

 

その後リリーフに配置転換するが、

8月にマイナーに落ちる。

 

更に11月には40人枠からも外されAAのミシシッピに降格した。

以降川上がメジャーのマウンドに立つ事はなく、

日本に帰国し中日に復帰した。

五十嵐亮太(いがらしりょうた)

守備 投手

在籍したメジャー球団 アトランタ・ブレーブス

FA権を行使し移籍

契約

メジャーにいた期間 3年

メジャーでの最後 契約解除

メジャーでの成績 登板83試合 5勝 2敗 4ホールド 防御率6.41

在籍した事のあるチーム ヤクルト ニューヨーク・メッツ トロント・ブルージェイズ ニューヨーク・ヤンキース

 

当時の日本最速158キロを武器に、

速球王として人気があった選手だが、

その速球はメジャーリーグでは全く通用しなかった。

 

メジャーに行った五十嵐はその事をすぐに思い知った。

 

1年目のキャンプで、

当時メッツが取り入れていた動体視力の強化プログラムでは、

時速200キロに近いボールにも反応していた事です。

 

五十嵐はインタビューでメジャーの選手は、

160キロの球であっても、ストレートなら普通に打ち返す力があると、

メジャーに行って今までの自分の持ち味が生かせず、

新たな投球術の開発に取り組んだ、

しかしメジャーでは殆ど活躍できなかった。

建山義紀(たてやまよしのり)

守備 投手

在籍したメジャー球団 テキサス・レンジャーズ

FA権を行使し移籍

契約 1年 80万ドル

メジャーにいた期間 2年

メジャーでの最後 契約解除

メジャーでの成績 登板53試合 3勝0敗1セーブ 4ホールド 防御率5.75

在籍した事のあるチーム 日本ハム→テキサス・レンジャーズ→阪神

 

開幕前のスプリングトレーニングで、

4試合で防御率7,71と結果を残せずAAAに降格し、

当初は苦しんだがAAAで地道に結果を残して、

再びメジャーに昇格した。

 

メジャーに昇格してからは順調に成績を伸ばし、

球団の首脳陣の信頼を得ていきます。

 

ロングリリーフや連投などをこなして、

更に信頼を得てチームに、

無くてはならない存在となり、

メジャーに定着した。

 

しかし、2012年のキャンプの終盤にギックリ腰になり腰を痛めます。

故障者リストに入った建山はそれ以来、

降格と昇格を繰り返します。

 

腰が完治しなかったのです。

 

レンジャーズからヤンキースに移籍したが、

そこでもメジャーに昇格できず阪神に入団した。

西岡剛(にしおかつよし)

守備 内野手

在籍したメジャー球団 ミネソタ・ツインズ

ポスティングシステム

契約 3年 925万ドル

メジャーにいた期間 2年

メジャーでの最後  自由契約

メジャーでの成績  233打数 50安打 0本塁打 打率2割1分5厘

在籍した事のあるチーム ロッテ→ミネソタ・ツインズ→阪神

26歳という若さでメジャーリーグに挑戦した西岡剛、メジャー挑戦の前年にはイチロー以来となる、シーズン200本安打を達成し、打率3割4分6厘の高打率。首位打者や様々なタイトルを総ナメにした西岡、意気揚々と海を渡った。

スプリングトレーニングでは13試合連続安打を記録して、打率3割4分5厘と大活躍、メジャーでの西岡はまさに順風満帆だった。しかし、開幕6試合目の悪夢により西岡の運命を大きく変える。送球の際走者のスライディングを足に受け骨折してしまったのです。

そこから故障者リスト入り、なんとか6月に復帰したが、成績は低迷、2年目も怪我もあり、打撃、守備ともにダメで、全く活躍する事もなく、契約期間1年を残しチームを去った。現在は阪神で頑張っています。

川崎宗則(かわさきむねのり)

守備 内野手

在籍したメジャー球団 シアトル・マリナーズ トロント・ブルージェイズ シカゴ・カブス

FA権を行使

契約 マイナー契約

メジャーにいた期間 5年

メジャーでの最後 契約解除

メジャーでの成績  打率2割3分7厘 1本塁打 51打点

在籍した事のあるチーム ダイエーソフトバンク→シアトル・マリナーズ→トロント・ブルージェイズ→シカゴ・カブス→ソフトバンク

川崎宗則はマイナーリーグから何度もメジャーに這い上がった選手です。

その明るいキャラクターと野球にかける情熱で、アメリカでも多くのファンを獲得した選手です。チームではムードメカーでファン、選手、監督からも愛された、ちょっと他の選手とは違う選手だったのです。

このメジャーで失敗した日本人シリーズで紹介する選手は、殆どがマイナーに落ちてから昇格する事がなくクビとか、メジャーに昇格してもすぐにマイナーにというパターンが多いが川崎は何度もそんな状態から粘り強く復活している。

しかも、メジャーに行った理由はイチローと同じチームでプレーしたいという理由、その為に年棒2億円ダウンも受け入れるというちょっと変わった選手です。

藤川球児(ふじかわきゅうじ)

守備 投手

在籍したメジャー球団 シカゴ・カブス テキサス・レンジャーズ

FA権を行使

契約 2年950万ドル+出来高

メジャーにいた期間 3年

メジャーでの最後  自由契約

メジャーでの成績  登板29試合  1勝 1敗 2セーブ 1ホールド 防御率5.74

在籍した事のあるチーム 阪神→シカゴ・カブス→テキサス・レンジャーズ→阪神

阪神時代JFKの一角として抑えで大活躍した藤川球児、シカゴ・カブスでもその実力が認められて、開幕メジャーを勝ち取った。

その時にクローザーを務めていた選手が故障したため、チームは藤川をクローザーとする事を発表した、しかし、その後2度の故障者リスト入り、藤川の右肘の靭帯は断裂していたのです。

その後トミージョン手術を受け、メジャー復帰を果たす事が出来たのですが、活躍する事ができませんでした。カブスを辞めた後ダルビッシュの口利きでテキサス・レンジャーズに100万ドル+出来高、1年で契約しますが、2試合に登板して3失点を喫し自由契約となった。

田中賢介(たなかけんすけ)

守備 外野手

在籍したメジャー球団 サンフランシスコ・ジャイアンツ

FA権を行使

契約 最低保障金額4万ドル マイナーで月2万ドル メジャー40人枠入りすれば年棒75万ドル

メジャーにいた期間 1年

メジャーでの最後  自由契約

メジャーでの成績  打率2割6分7厘 0本塁打 2打点

在籍した事のあるチーム 日本ハム→サンフランシスコ・ジャイアンツ→日本ハム

5年連続ゴールデングラブ賞を獲得した守備の名手、またボールをカットする技術や、バント技術、ボールを見極める選球眼を持つ選手として日本ハムで活躍した。

しかし、日本ハムの最後のシーズンの終盤に怪我をしてしまいます。

そのままシーズンが終了した為、サンフランシスコ・ジャイアンツとはメジャー契約を結ぶ事ができませんでした。それでも海を渡った田中でしたが、思惑どおりの活躍ができませんでした。

田中は守備の名手と言われていましたが19試合で7失策、マイナーリーグでも78試合で16失策と内野手では無理という事で外野にコンバートされてしまいます。

マイナーリーグでは、3割2分9厘とバッティングと好調でしたが、メジャーでは2割6分7厘の結果に終わり自由契約となりました。

和田毅(わだつよし)

守備 投手

在籍したメジャー球団 シカゴ・カブス

FA権を行使

契約 2年総額815万ドル

メジャーにいた期間 2年

メジャーでの最後  自由契約

メジャーでの成績  5勝5敗 防御率3.36

在籍した事のあるチーム ダイエーソフトバンク→シカゴ・カブス→ソフトバンク

ボルチモア・オリオールズと契約してメジャーに行った和田だったがスプリングトレーニングで故障故障者リスト入りする、その後オリオールズとの契約期間の2年間はメジャーに昇格する事なく、自由契約となった。

その後シカゴ・カブスとマイナー契約を結ぶ、マイナーからメジャーに這い上がり先発ローテーションに定着する、翌年400万ドル+出来高1年で契約するが、スプリングトレーニングで故障者リストへ、故障、リハビリを繰り返し、8試合に登板1勝1敗、防御率3.62と活躍する事ができず、自由契約となった。

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